常盤平蔵のつぶやき

五つのWと一つのH、Web logの原点を探る。

リアルな”裏世界ピクニック”~ 「まぼろし博覧会」に行った

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デ・ジャ・ビュのあらし

そこに到着した瞬間から「どこかで見たことがあるような」という既視感にとらわれっぱなしだった。いや、もちろんテレビの映像で観ているのだから既視感があって当然だ。そして今になっても記憶が混乱しているのか、NHKの番組で見たのが最初ではないような気がしてならない。もっと前からこの場所を知っていたンじゃないかという変な考えが頭から離れないのである。これもあのセーラー服を着た怪人の魔力なのだろうか?この場所のどこかにあれがいると思うと、胃のあたりがぐっと重くなるような戦慄を感じる。いや、しかしあれってなんだ?
 

きっかけは~NHK

ドキュメント72時間」という番組がある。ある場所に72時間にわたって取材をして、その時間内に起きた事を編集して番組にするというものだ。これまでも、阿佐ヶ谷の金魚釣り堀とか、秋田のうどん自動販売機など記憶に残る面白い題材がたくさんあった。以前ブログにも書いたシン・ヱヴァンゲリヲンの「聖地」に行ったときに、たまたま連れて行ってもらったドライブイン「長沢ガーデン」に同じ販売機が置かれていて、ああ、これがあの番組でやっていた奴かと思ったものだった。
2022年も開けて7日に放送された番組で取り上げられていたのが今回訪問した「まぼろし博覧会」だ。
 
 
番組は全部見た。そして見終わって、ここはいつか行かねばならない、と強く思った。やはり強く思うことは実現するのである。なんとその月のうちに行く事が出来たのだった。ある事情で下田まで車で行くことになり、そのついでに寄ることが出来たのである。
途中の観光施設でパンフレットを入手できたので、100円引きで入場することができたが、本来の入場料は1200円だ。それが高いと思うか安いと思うかは、その人次第だと思う。すべて見終わった後の感想としては……微妙だ。その理由はおいおい書くことにする。
これもあとから気がついたのだが、館内を見る順番は特別定まってはいない。自由に見て良いわけだが、逆に言えば陳列されている展示物には脈絡がないので、見て回る順番を考えて館内を周る必要がないということだ。ただ、昭和に関する展示は、時間軸にそって戦前・戦中あたりから始まるので、一定の方向に向かって見ていくほうが正しいだろう。
ここができて10周年を迎えたというようなポスターが入口付近に貼ってあったので、この展示も10年以上が経過していると思われるが、かなりの展示物において劣化が進んでいる。そして劣化するままに任せているようだ。この辺はある意味廃墟っぽいので、タイトルにも書いたとおり「裏世界」感がただよう。
マネキン人形を使ったリアルなジオラマ(?)年代ごとの一般家屋(部屋)、小学校、ヌード劇場、銭湯とか、パチンコ屋、パーラーや古書店学生運動バリケードというものが並んでいる。やはり私個人的には、この等身大人形(マネキンを改造したもの?)の存在感がすごく響いたのだが、それも10年経って傷んだのか、そもそも最初からそうだったのかはわからないが、姿勢が明らかにおかしい状態だったりするので其辺はもう少しきちんと展示したほうがいいのか、いや、あえてこの少し壊れかけたような状態がいいのかは見る人の好みかもしれない。
 

博覧会ではなく博物館?

博覧会はある意味時代の最先端かその先の未来を先取りしたものを展示する催しであり、ここにあるものは全て一度どこかで展示されたものを移設した(と思われる)ものなので、博覧会展示物の博物館なんだと思う。先程の昭和の展示も、もしかしたらどこかで行われた物が来ているのだろうか?
そういう意味では時々妙に色っぽい人形が混ざっているような気がしたが、実際に庭園のような場所に大部分が展示してあったいわゆる「秘宝館」から移設された人形たちが結構たくさんあった。 私は中部地方の出身なので子供の頃は多分三重テレビのCMで「イセ(ジ?)のこくさい~ひほう~かん~」というものを目にしていた。
なんとなく「風の便り」というか、ネットニュースだと思うが閉館したというのは知っていたが、そこにあった人形たちがここに集められていたというのは今回はじめて知った。そして、秘宝館が営業していたときに行っておけばよかったと激しく後悔した。
先程の昭和の小道コーナーの中の、おそらく1950年代の付近のショーケースにマリリン・モンローの立像が二体、鏡合わせのように向き合って展示されている。多分これは「秘宝館」から来たものだろう。CMにも映っていたような記憶がある。二体ともあの有名なポーズ ー下から吹き上がる風のせいでめくれ上がるスカートを両手で抑え、わずかに羞恥に頬を染めているような、それでいて歓喜の瞬間のような笑顔ー その向かって左側の像の腕に、うっすらとカビらしき斑点が散らばっているのを見たときに鳥肌がたった。
 

秘宝館の「宝」

モンロー人形以外にも、秘宝館からきたと思われる人形たちは不思議な美しさをもっている。人形も等身大になると全くただ人形(ひとがた)をしていると言うだけではなく、何か別な物に思えてくる。昭和の最後の方の展示にいわゆるクレーンゲームの景品のフィギュアが数多く展示されているショーケースがあるが、あれが本当にちゃちな代物に見えてくる。昭和の時代の職人技というのか不思議なすごみを感じる。先日読んだ宇能鴻一郎の小説に出てきた「西洋祈りの女」出目てるのようだ。
これらの人形を作った人たちはどういう人だったのだろうか?我々が子供の頃は映画館のポスター、看板は手書きだった。今は巨大なビルボードも、印刷する事ができるため、その手の職人さん達は全て廃業してしまったのだろう。先日伊東へ行った折にも、商店街に映画ストリートというものがあり、昔の名作映画の手書きの看板が飾られていた。青梅駅の近くも同様に昔の映画の看板が駅の構内から、付近の街並みにも飾られていたように思う。手書きなので、描いている人の好みや癖が出てしまうのか、女優の顔が若干違ってしまっているようなものもあった。あの女優さんだということはわかるのだが、なんか違う、なんか別の好みが入っていると思う事があったが、
この秘宝館のマリリン・モンローは立体物であるからかもしれないが、不思議な存在感があった。多分、実際よりも若干大きく造られている気がした。東大寺の仁王像のようにそれを見る人の視点と距離を考えてこのスケールにしたのかも知れない。ここでの展示はガラス一枚隔てて極間近で見ることが出来るので、その表面に浮いたカビまで見ることが出来た。
昭和の映画女優をペンキで看板に描いていたのと同じ情熱が、これら秘宝館の人形には宿っているような気がする。

 

 

自分も展示物の一部

それにしても展示物の脈絡の無さはむしろ狙ってもできないレベルのカオスである。秘宝館由来の人形(秘宝館おじさん)から芸大の神輿(牛頭と馬頭)まであるし、南米の遺跡のレプリカ、岩下の新生姜ミュージアムから来たオブジェ、実物大の大仏だったものを聖徳太子に作り変えたもの、個人の作品(エロ・グロ系)だってある。私が行ったときは七夕の短冊のようなものがびっしり飾り付けられており、便所の落書きのような言葉が書いてあるのが妙に馴染んでいた。私が行ったのは1月だったのでむしろ館内も寒々としていたが、もとが亜熱帯植物園の建物で、温室構造を持っていると思われるので、夏はむしろ温度がかなり上がるのだろう。展示物の間には太い蛇腹パイプのついたスポットクーラーが所々に置いてある。
展示物の中で違和感があったのは、NHKの番組でも紹介されていたが、あるおばあさんが自宅にコレクションしていた人形をすべてまとめて寄付したという「メルヘンの館(?)」というところにおいてあるのは、本当にどこにでも売っているような、たわい物ない人形や小物たちである。時間も収集を終えて寄付されてからそんなに時間が立っておらず、本当に誰か知らない老人の部屋へ迷い込んだような気分になる小部屋である。
 

まぼろしの意味

廃墟は本当にその場所で朽ちていくものだが、ここにあるのは、ほかから移設されて再度展示されなおかつ朽ちていく最中の物たちだ。それらの展示物は品のいいもの、清潔なもの、要するに普通の博物館にあるずっと変わらない状態で展示されているものではけして出せない何かを見るものに訴えてくる。高尚ではないが、精神の深いところに訴えかけてくる何かがある。何が訴えてくるのか? それはきっと展示されているものがすべて過去に一度は別の役割を持って世に出されて、その役目を一旦終えてからここで「ものとしての余生」をおくっている状態だからなんじゃないかと思う。その展示物の現役時代が自分の記憶と響き合う部分があり、それが展示物の向こうにまぼろしを見せるのだと思う。そのまぼろしこそが「裏世界」なのかもしれない。さらにそこで朽ち始めているところに変化と時間(距離)を感じてくる。今後二度目、三度目に行くとそれが鮮明になってくる気がする。それにしても一番驚いたのは、自分自身がこの年齢になって、1950年代のセックスシンボル(これも死語か)、まさにカビの生えた存在であるマリリン・モンローについて語っているという事実だ。タイトルにも書いたように私の好きな「裏世界ピクニック」と交えてセーラちゃんは閏 間 冴 月なのか?とか、空魚の目で見たら本当の姿が見えるのかもしれないとか書こうと思っていたのだが、私の中にいたマリリン・モンローへの想いみたいなものが、思いがけず発見されてたいへん戸惑っている。今度件の「七年目の浮気」でも見てみようと考えている。
 

MicrosoftとIntelの都合とはわかっているが・・・ Windows11をインストールした(後編)

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tokiwa-heizo.hatenablog.com

前編はこちら↑

 
2022年1月10日 10時25分 自宅
昨日CPUクーラーを選んでいるときに高い方と安い方で私が安い方を選ぶと店員さんがこっちは「長いドライバーがいります」と言っていたのを思い出し、本当にそうなのかと思ってCPUクーラーをみてみると、数十枚ある冷却板を全て貫通する穴が開いており、その先にスプリング付きのネジがある。そこまでドライバーの先端を届かせるためには、クーラーの高さとほぼ同じ長さの軸を持つドライバーが必要と言うことがわかった。クーラーを選ぶ際に、店員さんはこちらが伝えたAntecのP182がマザーボードから側板までのクーラー取り付けスペースがどれだけあるかを調べて選んでくれたので、クーラーの高さが154cmぐらいあることはわかっていた。つまり軸の長さはそれと同じぐらい必要と言うことだ。
仕方なく近所のホームセンターに買いに行った。本当にそんなドライバー売っているのだろうか?売っていても特殊なのでえらく高いのではないかと思って売り場に行くと軸の長さが20cmあるドライバーがなんと198円だった。そもそもマザーボード取り付けるときに軸の長いドライバーがあると便利なので買っておいて損はないどころか大変お得な買い物だった。
 
ちなみに実際に買ったパーツを列挙しておくと
 
CPU  Intel Core i7 12700KF
メモリ F436C18D32GTZN(32GB 新春セールの高い方)
 
マザーボード ASRock Z690 Steel Legend
電源 Hydro GSM 750 W
 
の5点である。
 
まずマザーボードを箱から出して、CPUを取り付けることにした。LGA1700と言うソケットははじめてだが、それもそのはず今回の「Alder Lake-S」から導入されたようである。これまで10年間使ってきた奴のソケットと比べると若干長方形である。コンピュータのCPUというとだいたい正方形だと思っていたが、今回の長方形は新鮮である。上面に書いてある三角マークをソケットにあるそれと会わせるらしいのだが、どれがそれなのか少しわかりにくかった。最終的にはたぶんこれだと言うぐらいの見込みでエイヤとつけてしまった。そしてその押さえのレバーがまた堅くてヒヤッとさせられた。ついでなのでメモリーも刺しておくことにしたが、これもマニュアルを見て同じ容量のものを所定の位置に取り付けないとなんとか機能が働かないと言うことなので、どこに刺すのかをマニュアルで調べたが、やはりこれも最終的にはここだろうと思う、と言うレベルで刺した。
それらをケースにセットした。ネジを8個ぐらいしめてMBをケースにセットしたのだが、先ほどの長いドライバーが役に立った。起動ディスクは元々ついてたCrucialのSATA 500GB SSDをそのまま使用した。さらにデータ保存用の4TB HDDとSATA DVD-R/WRの5インチベイのドライブをマザーボード上につないだ。
さらに買ってきた電源をケースに取り付け、マザーボード上のコネクターSATAドライブ類に電源をつないだ。ここまで来ればもうあと少しである。
最後にCPUにグリスを塗った上でクーラーを長いドライバーでネジ止めして、ケースのサイドパネルを締めた。本当はケースを締める前に、起動するかどうかを確認しようと思っていたのだが、面倒くさくなりサイドパネルもきっちり閉めたあとで机の横の所定の位置にセットした。
 
2022年1月10日 15時45分 自宅
実際は途中で昼飯を食ったりして、だらだらと組み立てを行ったわけだが、それを差し引いてもPCを組むのは意外と細かい作業がずーっと続くので、この10年で老眼の進行した私にはかなりつらいものがあった。しかし、いずれにしても組み立てが終わった以上電源を入れなければならない。
緊張の一瞬である。本当は「今週のびっくりドッキリメカ~」などと叫びながらポチッと電源ボタンを押したいところだが、普通に押した。
ほとんど無音で電源が入り、なんとか立ち上がろうとしているようだ。……一回目はUEFI(?)の画面が出て途中で止まった。うーむ。やはりそう簡単にはいかないか……と思いながらいったん電源を落として、再度電源を入れると今度は何事もなかったように黒い画面に白い点が輪を描いて回り出し……起動した。
組み替える前と同じデスクトップで、代わり映えせず面白みに欠けるのう……と思っていたが、設定画面でライセンスの項目を見て凍り付いた。
「ライセンスが承認されていない」と出ている。やっぱり店員さんの言うとおりにマイクロソフトアカウントへ行って、まず前のPCを削除しておかなければいけなかったのか……と思いながら「マザーボード CPU 交換 ライセンス認証」みたいなキーワードでグーグルさんに教えてもらうと「ハードウエア(キーパーツ)を交換したとき」のようなトラブルシューティングが出ているページを発見。その通りやってみた。うーん、うまくいかないなー、と思っていると突然「認証されました」という表示に変わった。あれれ?まあよくわからんけどなぜかうまくいったのでめでたしめでたし……だとまた同じ事ができなくて困る日も来るかもしれないが、このブログを備忘録としておけば、何かの足しにはなるだろう。
それにしても、空冷でもこんなに静かなのには驚きだ。昔の例えばCPU付属のクーラーは小さいファンが高速で回っていたからうるさかったが、今の空冷は120mmのファンが比較的ゆっくり回っているので静かなのかもしれない。どっちにしても水冷より全然静かである。
 
2022年1月10日 17時25分 自宅
もうすでに外はとっぷり日が暮れており、そろそろ自分自身が活動限界に近づいているが、どうしてもやっておかなければならないことがある。それは10から11にすることだ。何しろそれが一番の目的なのだから、それをやらない限りはやめるわけに行かない。
しかし、それに関しては特別書くことはない。設定のWindowsアップデートから11に「あなたのPCはWindows11にアップグレードできます!」と書いてあるのを見て微笑しつつアップグレードできるリンクを探したが見つからないので、Microsoftのホームページへ行ってインストーラーを探し出して、手動でインストールした。出来た。スタートメニューが真ん中によっている以外は特に変哲もないWindowsである。
と言うわけで今私がこの文章を書いているのもそのマシン上なのだが、最後に一つだけ書いておきたい。Windows10が最後のメジャーナンバーウインドウズになるというようなアナウンスがされていたのに、突然11へのアップグレード(無料)が発表されたが、それにはハードがTPM2.0と言うものに対応している必要があった。
 
 
もちろん適応要件はそれだけではなく、CPUの世代でも選別されていたわけだが、世間的には一番障壁となっていたのはTPM(Trusted Platform Module)でありその役割とはセキュリティに関わるものであるようだ。Microsoftアメリカの企業であり、アメリカは中国と今政治的には緊張関係にある。(経済的にはむしろがっちり結び合っているともいわれているが……)HUAWEIを排除したように、Windowsのプラットフォームもセキュリティを強固なものにしておきたいと言う政治的な意図もあるのかな-と思ってしまうが、それ以上に切実な要望がIntelからあったのではないかと勘ぐってしまいたくなるのは私だけだろうか?
私が前夜、久しぶりのテスト勉強のように読んだ本からはRayzen一択の状況に見えたが、店頭で店員さん曰く、12世代はRayzenより性能がいいという話でコロッとIntelのCPUに変わった話は前編でしたが、そのときに同時に「Alder Lake-SはWindows10より11でその力を発揮する」と言っていた。AMDの牙城にくさびを打ち込むためにIntelMicrosoftにイレブンをお願いしたのが最大の理由だったのではないだろうか。(あくまで個人の妄想です)
以上がWindows11をインストールした事の顛末である。
 

MicrosoftとIntelの都合とわかってはいるが~ Windows11をインストールした(前編)

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2022年1月9日 15時15分 秋葉原駅 

十年に一度のその時が来た。秋葉原駅の中にあるそば一でかき揚天たま蕎麦を食べ終わると、すでに時計は3時半を指していた。Windowsアップデートを見るたびにあなたのPCはWindows11へのアップデートに適合していませんという表示を見続けるのにうんざりし、約十年使ったIntelのCPUを最新のものに取り替えてこの忌々しい表示が永遠に消えさることを願った。

 
Amazonの購入履歴を見ると2013年にWindows8Pro(アップグレード版)を買っている。その前は2009年にWindows7 Home Premiumを買っているので、その前のWindows Xp MCE(Media Center Edition)はそういえば今は同人誌売り場ばかりのAkibaカルチャーズZoneLAOXだったときにDSP版を買った記憶が今よみがえってきた。そのどこかで今使っているマシンのPCケースであるAntecのP182を買ってベージュ色の箱から真っ黒の静音性能の高いケースに入れ替えたんだと思う。それをどこで買ったのかは全然思い出せない。こんな重いものを秋葉原から担いで帰ったとは思えないので、どこかの通販で買ったに違いないのだが、一体どこで買ったのだろう?(Amazonの履歴にはなかった)その静音性の高かったはずのケースがここ数年は一度壊れたCPUの水冷クーラーを交換したときにラジエーターを既存のファンと付属のファンでサンドイッチにして取り付けたら冷却効率も高まるに違いない!……と思ったのだが、よくよく考えてみると二つのファンの回転数がずれていると風もスムーズには流れないし、抵抗ばかりが増えて、結果変な風音がするようになってしまった。
 
 
すぐに直せばよかったのにそのまま2年以上、先週まで使い続けてきたのだが、冒頭に書いたように毎回出る警告に飽きたため、通常の使用には全く支障のないにもかかわらず、PCの中身をアップグレードすることにしたわけだが、何分にも十年ぶりであるので、最近の自作PCの事情がわからない。一応日常的にネットの情報は横目で見ているので最近はAMDのRayzenがいいらしい、と言うぐらいのことは知っているが、ではRayzenの中でどのグレードを買ったらいいのかと言うことになると全くわからないので前日にAmazon Kindleで「自作PC虎の巻2022年版」を買って一夜漬けすることにした。
記事の中で「今後5年は問題なく使えるハイスタンダードなPC」という作例があったので、これをベースにすることにした。
そのモデル構成は以下のようなものだった。
 
CPU Ryzen 7 5800X (8コア 16スレッド)
メモリ Crucial CT2K8G4DFF832A 16GB
Graphic board ASUSTeK DUAL-RTX3070-O8G(Nvidia GeForce RTX 3070)
起動ディスク CFD PG3VND CSSD-M2B1TPG3VND (1TB PCI-Express 4.0 x4)
電源 Corsair Gaming RM650 (650W 80PLUS Gold)
マザーボード ASUSTeK TUF GAMING B550-PLUS 
 
ただし、これを全部そろえるとおよそ20万円になってしまう。そこで今回は当初の目的である「忌々しい警告を消す」事を最優先に考えて最小限交換しなければならないパーツ、CPU、マザーボード、メモリを中心に購入するという計画で秋葉原へ繰り出したのだった。一つ付け加えておくと、この時点では今回の要であるCPUの選択では「Rayzen一択」だなと思っていた。

2022年1月9日 15時45分 ツクモex本店

10年前はもしかしたらまだヤマダ電機に買われていなかったかもしれない。買われてしまってはいるが、店自体は10年前とほぼ変わらない様な気がする。店の前の歩道で客引きをしているメイド服を着た女の子も全く同じ人のような印象だ。もちろん別の人間だと思うので、10年前にここに立っていた同じようなフリルのついたメイド服を着た人は今頃何をしているのだろうかと気になった。
そんな感傷に浸っている暇はない。今日中に全てのパーツを選んで購入し、自分の手で運んで家まで持って帰るために残された時間は3時間ぐらいしかない。まずはCPUを決めるために4階まで駆け上がった。やはりまあ正月も松の内だったのでなんとなくのんびりしたムードが漂う売り場で、初売りセールの垂れ幕が下がっている中央の台を見た。売り場自体もIntelAMDで真っ二つに分かれており、それぞれのマザーボードが並んでいる。CPUはレジの後ろにしかなく、売り場に並んでいるのはそれぞれのCPUに対応したチップセットを持つ各メーカーのマザーボードだ。AMDの初売りセールのところにある垂れ幕に書かれた文字を読み、昨晩一夜漬けの上で選んだ「Ryzen 7 5800X」とマザーボードのセットがだいたい7万円ぐらいと言うのを見た。なるほど。あとこれにメモリを足せば残りは今のパーツをそのまま使えれば最小限の出費ですむかもしれない……と考えながらその棚をじっと見ていると、何か自分から引力でも出ているのか、店員さんが自分の周りを周回しはじめる。うーん。なんとなく決めきれないのでちょっと別の階も見てくるか……。
最上階に行ってケースを見ることにした。先ほども書いたように今使っているAntecのP182はすでに10年使っている。最近のケースのように側面のパネルが強化ガラスで中が見えるようになっているわけではないので、2年前取り替えた水冷のCPUクーラーがいくら1670万色で光ることができても、ケースの隙間から筋状の光が見えるか見えないかと言う程度だ。今回思い切ってケースも今風のに変えてみたいなーと、昨晩の参考書を読んでいるときにも考えていた。しかし、実際売り場に行くとどれも帯に短したすきに長しといった感じで、これだ!と思えるものが見つからなかった。
そこで再びCPU(とマザーボード、CPUクーラー)のフロアに戻ってきた。そして思い切って店員さんに、この初売りのセットで買いたいんだけど……そもそもCPUとマザーボード(とメモリ)を取り替えても、Windows10から11にアップグレードできるのでしょうか?と相談してみた。店員さんは、えーっと、そうですねたぶんできると思いますけど……と言いながら店内にあるPCのところへ案内されていった。なんと店員さんもググったのである。その結果、やはりできるだろうと言うことになった。そこでじゃあ、改めてこのセットでと言うと、今ならインテルの新しいCPUでも同じ値段でもっと性能がいいですよ、と言うのである。
実は私が前日の晩に一夜漬けした本が出た頃にはまだ発売されていなかった十二世代のCoreシリーズ(Alder Lake-S)というものが去年の11月頃に発売されていたのであるが、その事は全くその本には書かれていなかったのである。学生時代にもテスト前に一夜漬けなどしたこともないのだが、ヤマが外れるというのはこういう感じがするのだろうかと思った。そこで、しょうがないので急遽その店員さんからなぜ12世代のIntel CPUがおすすめなのかを聞くことにした。するとCPUがマルチスレッドで動くのはAMDも同じだが、Intelのほうは大変な仕事とそうでない仕事とを分けて、それぞれスレッドに割り当てるので、大変な処理をしている方は、邪魔をされずに処理ができるが、AMDのほうはどんな仕事も順番に割り振るので、大変な仕事をしているのに、小さな仕事に割り込まれて邪魔されて処理が遅れたりするというようなことが起きると言う説明だった。
ふーん、なるほど……なんか、その処理のしかたどこかで聞いたことあるなと思ってさらに聞いていると、WindowsというOSは基本的にIntelを基本にできているので、AMD把握までそれにパッチを当てて動くようなところがある。だから基本的な安定性に欠ける(だいたい聞いたままを書いています。正しいかどうかは……)ことがある、と。
しかし、それを聞いたときに、今のケースの前にAMDで自作機を作ったときのことを思い出した。確かに、ドライバーとかAMD用のもノが常に必要だったり、何か不具合が起きるとしばらくアップデート待ちのような状態になったりした。うーん。やっぱりWindows使うならIntelなのか……そういえばWindows11でもAMDではなんか不具合があったという記事を読んだ気がする。よし、値段もほぼ同じだし今度もやはりIntelにしよう!と昨晩の一夜漬けのことはすっぱり忘れてIntelCore i7 12700KFにすることにした。
その結果選んだCPUがLGA1700と言う新しいソケット(CPU自体が長方形)だったりして今持っているCPUクーラーが使えない(店員さん曰く、冷却能力が足りないとのことでもあった)とか、電源も650W→750Wの方がいいですよということになり、メモリはかろうじて初売りセールのものが買えたが総額10万超の買い物になってしまった。
最初から二重になっている巨大な紙袋に全てのパーツを入れてもらい、ツクモexを出て帰路に着くため秋葉原駅に向かった。すでに18時を過ぎていた。(後編につづく)

極限状況でのモラルとは?〜「野火」を読んだ

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ライダーの都市伝説

冒頭からネタバレかつ訂正で申し訳ないが、「野火」は劇中の事実だけで言うと人間を食べた話だった。ただし、「姫君を喰う話」のように積極的に(?)食べる話ではなく、ウミガメのスープ的にわかるような展開である。ではなぜ裏表紙に「なぜ人肉嗜食に踏み切れなかったか」と書いてあるのかを考えてみたい。
私が若い頃移動手段はもっぱらバイクであった。長崎は坂が多くまた道が狭いため、バイクでの移動に利があった。カワサキのZXー4という今考えると何故それを選んだのか自分でもわからないのだが、事実乗り始めて二年と経たないうちに悲劇的な別れを迎えるのだがそれは別の機会に書くことにしたい。その頃ライダー仲間で囁かれていた都市伝説があった。今回はその話をする。
バイクというのは不安定な乗り物である。止まっている時には操縦者が足で支えないと倒れる。意外に多いのが立ちごけである。単にバイクに跨った状態で、ふとしたはずみにバランスを崩して倒れるのである。むしろ走っている方が安定しているとも言えるが、操縦者たる人間はほぼ普段着の防御力しかない「そんな装備で大丈夫か?」という状態で時速100キロ近いスピードを出す。その状態から放り出されたら、どうなるかは考えればわかる話であるが、ここでライダーの都市伝説である。曰く、ある条件を満たす人間は、事故っても死なないというのである。その条件とはズバリ30歳までその状態だと魔法使いになれるというアレである。
まあ、そうはいっても15の夜に盗んだバイクで走り出したような人は、その条件に当てはまらない人も沢山いたかもしれない。
また、話がそれてしまった。要するにバイクに乗っていると、死ぬような事故に会う可能性が高い。ただし、そういうときに死なない人間は神に愛される理由があるというのがこの都市伝説の趣旨だ。

あらすじ(もちろんネタバレです)

「野火」は作家大岡昇平が、太平洋戦争時のフィリピンで体験したと思われる、大変厳しい状況をもとに小説として描いた作品だ。第二次世界大戦中の日本軍はそもそも兵站のネットワークを全く構築せずに戦線を拡大していった。それは電撃戦を繰り返してロシアまで戦線を展開したドイツ軍も同じだったようだが、日本軍は食料ですら十分に運ぶことができず、当初から食料は現地調達という方針で進撃していったようだ。そもそも補給網などない上に、戦況が悪くなってからは友軍との連携もできず散り散りになっていったようである。
作中にも出てくるがニューギニア戦線ではすでに同僚の遺体を食べたと言う話がフィリピン戦線にも伝わっていた。そんななか主人公は結核にかかり、自分の所属していた部隊からも放り出されてしまい、野戦病院に行っても治療の見込みがないため入院させてもらえないということから戦地にいながら戦力としてはカウントされない人間になる。支給されている手榴弾の意味を考えろ、と部隊を放逐されるときに隊長から言われるのだ。究極にネガティブな状況である。
主人公と同じような立場の人間は一定数いて、野戦病院近くの茂みにたむろしているのである。ある日その辺り一帯に沖からの艦砲射撃があり、野戦病院とその近くにいた人間は三々五々森の中などに逃げる。主人公も1人で逃げていくのだが、その途中でフィリピン人が放棄した農家にたどり着く。そこには芋が植えられており、それらを食べていればしばらくは空腹をしのげそうということになる。
その農家で暮らすうちに主人公は丘の上から十字架を見つける。日本でも教会に行っていた経験を持つ主人公は、この地獄のような状況の中でキリスト教に救いを感じるのである。しばらく迷った後に、主人公はその教会へ行ってみることを決意する。しかし、その教会のある村は完全に無人で、友軍の死体が教会の入り口の前にうずたかく積まれている様を目撃する。
そのまま夜までその教会に潜んでいた主人公だが、そこへ海からフィリピン人の若いカップルがやってくる。その2人にスペイン語で「マッチをくれ」と話しかけるが、出現に驚いて狂ったように叫ぶ女を三八銃で撃ってしまう。男の方は逃げていったが、主人公はなぜそこに2人が来たのかを考えて、室内を捜索した結果塩を手に入れる。
農家に戻ると、友軍3人がそこにいて、塩を分け与えることで仲間になる。その3人からの情報で、島の北部にある場所に集結してフィリピンを脱出するという指令が出ていると聞き、3+1人でそこへ向かう。しかし、途中の湿原で待ち伏せていた米軍の戦車に行く手を阻まれてまたしても散り散りになって1人になってしまう。
再び空腹を抱えたままさまよう主人公は、野戦病院の前でたむろっていた同じ境遇の二人組と再会する。彼らは「猿」を狩って食べているという。主人公もその「猿」の肉を食べさせてもらう。実はその「猿」というのは人間のことであるというのをあるきっかけから知ることになり、最終的には・・・と言うような話である。
 

ゼロカロリーを食べる?

十字架=キリスト教が出てきた時点から、ただの極限のサバイバルの話ではなく、道徳や倫理という観念的な話になっていくので、裏表紙に書いてある「なぜ食人を拒否したか」に関しても最終的にはそういう話になっていく。いや、その過程は小説として十分に面白いし、生命の維持における塩の重要性みたいな部分も、我々のように日々「塩分の取り過ぎ」とか「油と糖分を控えましょう」などという食生活をしているものからすると、箸を持つ手が止まるショックを感じる。そこは確かにその通りなのだが、その一方でこの話の結末にはなぜか歯がゆさも感じてしまうのである。
冒頭で書いた、ライダーの間でまことしやかに語られている都市伝説や、30歳まで童貞だと魔法が使えると言う話(ネタ?)は言ってみれば「汝姦淫するなかれ」というような倫理を守ったことに対する(神の)ご褒美的な文脈で理解されるものだと思うが、この話の中でフィリピン人カップルの女を撃ち殺したときに「無辜の人間を屠った罪」を自分は背負ってしまったと自覚するのにもかかわらず、かつての仲間が人狩りをしてその肉を食べて命をつないでいる姿に怒りを覚えたことに対して疑問を感じないというのが不思議な気がするのだが、私は何かを読み落としているのだろうか?
 

再び人を喰った話と比べて

この「野火」を読もうと思って行った本屋の本棚で、偶然出会ってついでに買った宇能鴻一郎の「姫君を喰う話」の方を思い起こしてみると、「姫君」の方はあまりに好きすぎるために食べてしまったと言う話で、言ってみれば欲望の果ての姿を肯定しているように受け取れる。話の前半ホルモンのおいしい食べ方から、そのホルモンがおいしく作られるためには家畜の内臓がどのように処理されなければならないかまで詳細に語ったあげく、それより「おいしかったもの」としての「姫君」なのだと思う。
いや、そもそも大岡昇平が実際に「猿」を食べたかどうかはわからないが、そんなに「おいしくない」のかもしれい。そんなことを知りたいとか、本を読んで考えていられるのは、先ほども書いたように、飽食の時代にどっぷりつかっているからなのかもしれない。

日々の暮らしにアートを感じること〜「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」を読んだ

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今年もあとわずか

先日取り上げたNetflixの韓国発ドラマ「D.★ P. ー脱走兵捜査官ー」がニューヨークタイムスの外国ドラマベスト10に入ったそうである。それを受けてのことだと思うが、シーズン2の制作が決定したと発表があった。このテーマで更に掘り下げるのであればよりセンセーショナルな内容にならざるを得ないと思うので、きっとシーズン2も見応えのあるドラマになると思う。

 

tokiwa-heizo.hatenablog.com

 


そのつながりでもう一つ述べておくと、日本でもお笑い番組などでネタにされている、同じくNetflixの韓国発ドラマである「イカゲーム」を観終わった。Netflixで一番観られたドラマシリーズになっただけのことはある、こちらも大変見応えのある内容であった。詳しい感想は別の機会に譲るが、一つだけ述べておくと、これまでの一連のデスゲームものと異なる点として「日常と地続きのデスゲーム」という設定が秀逸であるとどこかの批評に書いてあったが、私もそこがこのドラマのもっとも優れた点だったと思う。
両方のドラマの主人公は、それぞれ「軍内部のイジメ」や「デスゲーム参加」などの極めてストレスフルな状況下で次々と選択を迫られる。人生において二大メジャーストレッサーは「環境の変化」と「重大な決断」だそうだが、まさにその連続だ。そのような立場の人にとって重要な能力が今回読んだ本「ネガティブ・ケイパビリティー 答えの出ない事態に耐える力」の内容である。

ネガティブ・ケイパビリティ

 

 


タイトルにもなっているこの本のテーマである「ネガティブ・ケイパビリティー」とは簡単に言うと「自分にとって負(ネガティブ)なことを考え続ける能力(ケイパビリティー)」のことである。この本は最近のブログのネタ元になっている「松岡正剛の千夜千冊」に紹介されていたのがきっかけで手に取ったのだが、私にとって重要なのはその能力は作家として死活的に重要な能力だと紹介されていたからである。
どういうことかというと、物語の登場人物は基本的に様々な問題を抱えている。その問題と向き合い、時に翻弄され、時に勝利したりする。しかしその一連の全てを支えているのは作者の精神である。とんでもなく辛い場面や困難な状況に対して作者は主人公と一体になってその問題に向き合い続ける。
シェイクスピアはその能力が優れていたため、沢山の傑作を書くことが出来たとか、紫式部が「源氏物語」をかけたのもその能力が高かったからということが丁寧に論述されている。それよりも私が個人的に腹落ちしたのはアメリカの作家にアルコール依存症が大変多いと言うデータだった。なるほど、人間ストレスを様々な方法で解消しようとするが、精神科医のアルフレッド・アドラーが言っているように「全ての問題は人間関係にある」ということが示しているように、他人にストレスを解消してもらうことは出来ない。結局の所アルコールの力で強制的に思考を鈍らせることしか、その種のストレスから逃れる方法ないのだろう。
もともと自分の頭の中で考え出した登場人物でありストーリーなのだから、それらを頭から追い出すわけにはいかない。PCであれば電源を切ってしまい、何かについての思考をそれ以上処理しないことも出来るかも知れないが、小説家の頭脳はそもそもそれを考えなければ小説は書けず、小説が書けなければ収入が入ってこずという悪循環に陥ってしまう。
アルコールに逃げることなく、絶望のどん底に落ちた登場人物と同化してその局面を支え続けることが出来る能力こそが、読者に強く訴える名作を書くために必須な能力なのだ。

 

アン・ジュノやソン・ギフンと走れるか?

「D.★ P. ー脱走兵捜査官ー」や「イカゲーム」を観ていると、もう観ている方が辛くなってみるのを止めたくなるシーンが連続する。単に観ているだけの我々は、あまりにも辛かったら目をつぶって観ないか、早送りしてしまえばよい。しかし、このドラマの制作現場でその役を演じた役者、撮影を指揮した監督はその全てを体験しなければならない。しかし、既にその時にはすくなくとも脚本は完成していて(制作途中で書き換えられることはあるかも知れないが)役者も監督もその先を知った上で演技、監督することが出来る、だが、そのシナリオを書いた脚本家は一人でこのストーリーと向き合ったはずである。
この本の作者も小説家なので、同じようなエピソードを池波正太郎のインタビュー記事から引用して書いていたが、ストーリーを創作している最中は、漠然とゴールが見えているだけで、そこまでどうやってたどり着くかは書きながら作り出していくんだと思う。つまり、書いている最中は立場としては登場人物と同じように先輩兵士に暴力を受けたり、他のプレイヤーから夜中に襲撃されないか心配したりしているのだと思う。その状態に耐えられる能力=ネガティブ・ケイパビリティーが本当に高い人があの話を作っているのだろう。

 

どうやってそれを鍛えるか?

ここまで来ると当然のように、作家を志す人間にとって必要なそのネガティブ・ケイパビリティーと言う能力をどうやって高めるか?と言うことが知りたくなった。もちろん、それに対してこうやれば高まりますよ!と言うようなことが書いてあるわけがない。
ただ、そのヒントというかそもそも逆の発想だと思うのだが、この本の中で紹介されているのは対立する概念としてポジティブ・ケイパビリティーという言い方がなされており、それはいわば「明確な答えに耐える能力=わかる能力」とでもいえるだろうか。普通は何か問題があったら必死にその解決方法を考える。そして解決方法が出たらそれに向かって邁進する。何しろ解決方法がわかっているのだから後はそれを実行するだけである。そういうPDCAで回していけるような問題とその解決に関して高い能力を発揮する人は社会や組織で成功する人だろう。
しかしながら、人生においてぶつかる問題はそんなに簡単に解決方法や答えが出るものばかりではない。そんなときに参考になるのが芸術なのだそうである。絵画や音楽を鑑賞することは「わかる」ことではなく感じる事が全てだ。その芸術への接し方(もちろん文学も芸術なので当たり前だが)がネガティブ・ケイパビリティーを鍛える手助けになるということである。「わかる」に対して「わからない」ことに向き合い続ける。日々の生活でアートを感じたら、それを持ち続けることがこの能力を鍛えることにつながるのではないかと思った。

人を喰わない話と喰った話〜「姫君を喰う話」を読んだ

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人を喰わなかった話

ある理由から大岡昇平の「野火」(こちらも後日感想を書く予定で現在読書中)を読もうと思い、吉祥寺に行った。最初はBOOK OFFで買おうと思っていたのだが、そもそも100円コーナーにあったら買おうと思って本棚を見たがなかった。レギュラー棚(?)の方にはあったが、かなり古い本で活字が小さく読みづらいのが気になったので、ブックスルーエに行って新品を買うことにした。

新潮文庫のコーナーのあいうえお順に並んでいる著者の「お」の辺りを探して見ると、ちゃんと「野火」は売っていた。数年前に映画化もされているので増刷があったのかも知れない。棚から引っ張り出してレジにもって行こうとしてふと平積みになった本の表紙が気になった。

それが今回読んだ本、宇能鴻一郎の「姫君を喰う話」だ。山田風太郎外道忍法帖」に続いて「表紙買い」である。つくづくブックスルーエの戦略にハマっている気がする。いや、そういう本を出す出版社の思惑か。

 

 

人を喰ったはなし

野火は最終的に人を喰わない話であるそうだ。しかし、そのついでにと買った本は文字通り人を食べた話もあるが、それ以外の短編も全て「人を喰ったような」という表現が相応しい内容であった。

確かにこの宇能鴻一郎という名前は本屋でも、良い子は手に取ることの出来ない棚に収まっていた記憶があり、タイトルと表紙のみでレジに持っていったあとでそういえばと思ったので著者名で検索してみたらそういう類の本をたくさん書いている方であった。

しかし、この本の著者紹介には「芥川賞受賞」と書いてある。うーむ、かなり変節のあった作家のようである。きっと私好みに違いないと思い読み始めたら本当にどれも面白くあっという間に読んでしまった。表題作の「姫君を喰う話」について巻末で解説を書いている篠田節子氏は、何とこの話を中学の頃図書館で読んだと書いてあった。物語の前半に作者とおぼしき人がモツ焼き屋のカウンターで延々と臓物喰いに関するうんちくを語るシーンは食欲が減退したと書いているが、五〇を過ぎた私からすると、今すぐモツ焼き屋に飛んでいきたくなるような内容であった。モツ焼きの油を流す為には焼酎を飲まねばならない、などと書かれたら一〇〇%同意以外無いと思う。そんな話から一転して平安の昔のある意味ファンタジーな世界に一気に持っていく筆力は素晴らしい。そのあと「姫君を喰う話」が語られるわけだが、それについてはここには書かない。

卑猥・汚穢・グロテスク

それ以外の話も表面上は卑猥・汚穢・グロテスクな面がかなりある。しかし、その表面上の出来事の底の方に沈んで見えるものは何か神秘的な魅力を放っている。芥川賞受賞作である「神鯨」はそもそも神話的なお話だが、しかし一方で科学文明を持たなかった頃の人類がどのように自然に相対してきたかというような点からみると、その頃のリアルを描いているとも読める気がする。それは我々が今生きているリアルからはかなりかけ離れてしまっている故に神話的に思えるわけだが、一方でその物語世界の中ではリアルそのもの(いやそんなでかいクジラおらんやろ、とは言うかも知れないが)と言っていいと思う。同様に「ズロース挽歌」(ズロースの意味がわからない人はおじいちゃん、おばあちゃんに聞こう!)に出てくる「金泥にまみれた偉丈夫」もかつてはリアルに存在……したかもしれない。「西洋祈りの女」の西洋イノリも、「花魁小桜の足」の小桜も「リソペディオンの呪い」にでてくる釜足も私には非常にその存在が確かなものに思えてならない。それは単純に私がこの作家の物語世界に対して親和性が高いからなのかも知れないが……

読み終えた後で

この本を読み終えて、大岡昇平の「野火」を読み始めた時に改めて、宇能鴻一郎の文章の上手さに思い至った。大岡の文章は大変ゴツゴツして飲み込みにくい(言いたいことがわからないわけでは無い)のに比べて、宇能の文章は滑らかに頭に入ってくるのだ。この辺りも人を喰った話を書く作家と喰わなかった話を書いた作家の違いなのかもしれない。

 

 

文章に吸いこまれる魅力〜 金子光晴「どくろ杯」を読んだ

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大純情くん

小さい頃になんとなく覚えてしまった言葉の原典がなんなのかを知りたいと思うことはないだろうか? 私は先日中学生の時に友人からもらった松本零士の「大純情くん」という漫画に出てくる格言の出典がふと気になって調べてみた。昔と違って今はインターネットの検索を使うと大抵のことは調べられる。おかげで何十年もわからなかったことが、ほんの一瞬のうちにネットに蓄積された情報の中から拾い出され霧が晴れたように克明な姿を見ることが可能になる。

その結果は正に驚愕だった。この漫画に出てくる格言は全て松本零士の創作だったのである。(By Wikipedia)私が憶えていた一節は以下の文である。

「悔しさが男を作る。惨めさが男を作る。復讐心が真にお前を強靭(偉大な?)な男に作り上げる。」

主人公がストーリー上で大変悔しい思いを抱いたときに、世界名言集のような本を開くと、その時にふさわしい格言が出てくるのだ。今になって思えば、ストーリーに沿いすぎているし、作者が偽の格言を作って物語の補完をしていたのだとわかる。それがいかにも格言らしい言葉で、何十年も記憶に残っているのだから、やはり松本零士は優れたクリエーターだと思う。

 

 

 

 

 

金子光晴の自伝的小説

今回読んだ「どくろ杯」は詩人金子光晴の自伝的小説である。自身の三〇代(昭和三年頃)の話を七〇代(昭和40年代後半)になってから書いた話だ。先程の漫画の内容のようにネットで気軽に検索できるような時代ではないし、そもそも個人の体験の内容なので、記憶を便りに書くしかないとは思うが、著者本人も当時の友人に詳細を尋ねると逆に自分の記憶力の良さを褒められる始末だったと後書きに書いてある。

事実読んでみると、その当時の情景が脳裏に浮かぶのだが、その表現の言葉の解像度の高さに驚く。詩人としての言葉の選び方が素晴らしいからだと思うが、何度も読み返して味わいたいと思わせる魅力がある文章だ。

実は金子光晴は詩人だそうである。若い時に詩集「こがね蟲」を出して、詩才を認められてからこの五年間の放浪に出ている。もともと、今回金子光晴について知ったのは、以下の本を店頭で見かけたからである。

 

 

今回読んだ「どくろ杯」の最初の方に「満州は妻子を連れて松杉を植えに行く所だが、上海は日本でひとりものが何年かいてほとぼりを冷ます所だ」(原文ではありません。記憶で書いています)という下りがある。金子とその妻は上海に行くわけだが、満州の方の「松杉を植えに行く所」というのはどういう意味かわからなかった。しかしぼんやりと、木を植える→根を生やす→永住する、みたいな意味だろうという事はわかった。そこで早速ネットで検索してみるとやはり昔はそういう言い回しがあった様だ。家を建て、庭を持ち、そこに松や杉を植えると言うようなことから来ているようである。

今は使われなくなった言い回しだが、死語というのとは違う。今でも読めばそのニュアンスがぼんやりとわかるし「その土地で生きていくために必死で頑張る」というような内容を「松杉を植える」とサラッと書けるような語彙というか言語感覚が素晴らしいと思った。

 

どくろ杯とは?(ネタバレ注意)

タイトルの「どくろ杯」とは何か?について書いておきたい。それをネタバレととる人がいるかも知れないが、あしからずご了承いただきたい。

「どくろ杯」とは、この本の中の記述をそのまま記せば「蒙古人の処女の頭蓋骨を加工して内側に銀を貼って杯にしたもの」のことである。実物がどういうものなのかは、写真も絵も無いので何とも言えないが、昔ビレッジバンガードかどこかの雑貨屋かお土産物屋で見た「頭蓋骨の上の鉢の部分がスパッと切り落とされたような形状の灰皿」を見た記憶が蘇った。恐らくそのような形の杯なのでは無いかと思う。

そのような盃が、どのような形で出てくるのかは本文を読んでいただきたいが、我々が今生きている現代においてはそんじょそこらにあるものでは無い。しかし、三〇年前を振り返ってこの「上海からパリを巡る放浪の旅」の一冊目のタイトルにこの「どくろ杯」を選んだ理由は全体を読むとなんとなくわかる気がする。(もしかしたら「こがね蟲」とおなじバランスの文字だからそうつけたのかもしれない)

 

一番の魅力は文章全体に漂うユーモアか

かなり時間がたってから書いたことによって、自分の事なのに他人事のように思い入れ無く書くことが出来たのがメリットだったと言うようなことを書いてあったが、それが本当にキャラクターとしての自分というような突き放した感じがあり、その距離感が悲惨な状況にもかかわらずユーモラスな情景にしていると思う。正直明日の食べ物にも困るような状況が何度も出てくるし、他の登場人物も切羽詰まった状況である事が多いのに、読んでいてもあまり悲壮感を感じない(どころか笑える)のが、この本の最大の魅力だと思う。是非続刊「ねむれ巴里」「西ひがし」を読んでみようと思う。