常盤平蔵のつぶやき

五つのWと一つのH、Web logの原点を探る。

肌感覚の怖さ~ [身の上話」を読んだ 

f:id:tokiwa-heizo:20240506181955j:image

 

今年はすべてを読み切るつもりで読むつもり

佐藤正午の「身の上話」を読んだ。じつはそのあとには「アンダーリポート/ブルー」も読み終わって、さらに「放蕩記」を読んでいる。今年中に全作品を読み切ってみたいと思っている。この作品も「書くインタビュー」の中で、「身の上話」は年かさの御婦人にファンが多いと書いてあったのが気になって、そのような層に受ける小説とはどのようなものなのか?が知りたいというのが読み始めた第一の動機であったと思う。しかし読み終わってみてそんなニーズはどうでも良いと思った。色んな意味で衝撃的な内容だった。

実はこの作品はNHKでドラマ化されていることを途中で知った。「書店員ミチルの身の上話」というタイトルで、朝の連ドラで主役もやっている戸田恵梨香が主人公のミチル役を演じていたこともわかった。私が小説を読んだ感覚としては、何となく戸田恵梨香のような容姿(あくまで容姿について)ではない気がする。というか、あらゆる女優はおそらく「土手の柳は風まかせ」というような生き方を絶対にしていないと思うからだ。女優という人生を選ぶということは「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラのように風に逆らって生きる人生を選ぶことだと思う。もしかしたら完全に成り行きで気がついたら女優だった、というような女性もこの世にはいるかも知れない。また、実際にはドラマを見ていないので、もしかしたら天才的な演技力でそのような女性を演じている可能性もあるので、いずれにしてもいつかこのドラマは見てみたいと思う。シナリオを勉強していた人間としても、この内容をどのように映像化したかには大変興味がある。

 

 

www2.nhk.or.jp

あらすじ(お話の構造)

毎度毎度あらすじを書くときには色々と神経を使うし、なおかつこれを書くことが感想を書くうえで必要かどうかも含めて考えているのだが、今回の話はミステリーでもあるので、ただ筋を全部書いてしまうと、これから読む人には大変問題があると思う。なので、ここではあらすじには一切触れない。すでにドラマでも公開されているので、本として出版されて世の中に出ているものを読んだ人の数と、ドラマを見た人数だけは、筋書きを知っているとは思う。それでも、これから読む人の楽しみを奪いたくないので内容には一切触れない。そのかわりにこの話の構造(これも知らないほうが本当はこの話を楽しめると思うのでネタバレされたくないという人は今すぐ書店へ行ってください)に付いて大変感心したのでそれについて書く。

このお話は単なる三人称一視点というわけではなく、ミチルの夫を名乗る人物による語り形式で書かれている。途中の描写で、その場に居ないのにここまで鮮明な像を結ぶ記述が出来るのかと思わないでもない。でも、それが可能になるぐらい語り手はミチルやその他の人物から、事の顛末や事情を聞き取って書いているという前提である。「鳩の撃退法」では語り手である津田伸一は(天才)作家なので、文章がうまいのが当たり前だが、ミチルの夫を名乗る人物は、おそらくは普通の人だと思われるので、そこまで「信頼できる書き手」ではないという前提で読んだほうが面白いかもしれない。いや、きっと作者はそこまで考えてこの物語の冒頭では素性のわからない謎の人物に語らせているのだろう。その、すべてが終わったあとで過去の事実を語っているだけとなると、淡々とした展開になるようなところが、ある意味そこは確信犯的に大変な臨場感を持って語られる。これが肌感覚で怖い。ミチル本人がいかに怖いかを冷静に語るということは難しいので、謎の人物の語りでまるでホラー映画の登場人物が怯えているさまを観ているような感覚になる。決してホラーやオカルトではないが、一番怖いのはやはり人間、エヴァンゲリオンTVシリーズからの映画版「シト新生」のように[最後の敵は同じ人間」なのが一番怖い。この辺の人生知り尽くした人がたどり着く境地のようなものが高齢の御婦人に響くのかもしれないと思った。

 

その解説文に書いてあった次の本

読み終わって、次は何を読むかを考えたが、身の上話の解説を書いている池上冬樹氏が「その前にアンダーリポートの話をしたい。こちらも傑作だからである」とまで書いているのでその「アンダーリポート/プルー」を読むことにした。こちらも実はすでに読んでしまったので、近日中に感想を書きたいと思う。本当に傑作であった。