常盤平蔵のつぶやき

五つのWと一つのH、Web logの原点を探る。

「月の満ち欠け」を読んだ

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直木賞受賞作
佐藤正午の「月の満ち欠け」を読んだ。直木賞受賞作ということで、岩波文庫「的」装丁の本が店頭に並んでいたのを少し前に見たのを思い出した。読むことになった切っ掛けは、カミさんが既に買って読んでおり、それが本棚にあったからだが、実際に手に取って読もうと思ったのは伊坂幸太郎の「面白い小説を読みたいと思ったら、そして年に一冊しか読まないのならば佐藤正午の小説を読むべき」というような主旨のことが帯に書いてあったからである。何より今考えているのが「小説としての面白さとは何か?」だったというのが大きい。
結論から言うと、読んでよかった。大変楽しませていただいたと思う。そこから導きうる「小説としての面白さとは何か?」についても少し書いてみようと思う。

 

月の満ち欠け

月の満ち欠け

 

 

〇あらすじ(ネタバレです)
かなりざっくりした説明で申し訳ないが、生まれ変わりの話である。しかも、自分が愛するひとのために何度でも生まれ変わって会いに行くと言う行動がストーリーの裏側にあって、それを登場人物それぞれの視点から描き出していくと言うのが大まかな流れである。
最初にスポットが当たるの(この人が主人公だと思われる)が「自分の娘が誰かの生まれ変わりだった父親」でその視点から話が進むのだが、そもそも本の最初に自分に会いたいと言ってきた時点で既に二回目の生まれ変わりを果たしているのでややこしい。主人公としては、生まれ変わりを最初に疑われた時点でそんなことはあり得ないと思っていたが、主人公の妻は数々の状況証拠から誰かの生まれ変わりではないかと疑っていた。そしてその母と娘は自動車事故で死んでしまう。
主人公の娘は更に生まれ変わって、今度は自分の前世の夫の勤める会社の社長の娘に生まれ変わる。前世の夫はまたまた状況証拠から、これが死んだ自分の妻の生まれ変わりではないかという疑念を抱き、そしてそれを確信する。ところがまた、この二人も自動車事故で死んでしまう。
更にまた生まれ変わった主人公の娘は、冒頭の父親に会って彼にお願いすることがある。それは一度目の生まれ変わりの時に描いた絵をもってきてもらうことだった。その絵には生まれ変わる前の妻だったときに不倫した相手の肖像画が描かれていた。それによって主人公はますます「生まれ変わり」の証拠を突きつけられるわけだが、やはりそれを信じる気になれない。それはなぜかというと……自分の愛する妻は、自分のところに帰ってきていないからだろう。しかし、それが実は違うと言うことが最後に明かされるところでこの話は終わる。

 

前世を記憶する子どもたち

前世を記憶する子どもたち

 

 

〇ホラ話をいかに面白く語るか
この本の最後に参考文献として紹介されているが、いわゆる前世の記憶を持つ子供というのは世界中で確認されているらしい。私自身は前世も、生まれ変わりも、魂の不滅も全く信じていない。恐らくこの作者もそうだろうと思う。人が生まれ変わるとか、前世の記憶があるなどというのをホラ話と思っているから逆に存分に語ることが出来るのではないか?
例えばこの小説に出てくる二度生まれ変わる女の人のキャラクターは、こんな性格の人だったらひょっこり生まれ変わって来そうだと読者が思える人として造形されていると思う。その女の人を生まれ変わりに追い込む夫のキャラクターも決して悪人というわけではないが、その人の性格とこの女の人との組み合わせが悲劇を生む。
もちろん、人が死んで別の人に生まれ変わった!と言うだけでもそれを信じるなら、十分に面白いトピックではある。しかし、私が前項で書いたようなあらすじを読んでも全然面白くないだろう。私もあえて登場人物の固有名詞やエピソードを排除してこの小説のあらすじ(プロット)を書いてみたが、そこに描かれていないものが正に「小説としての面白さ」なのだと言うことを実感させられた。

〇個人的なエピソード
私がまだ学生だった頃、一向に将来について真剣に考えようとしない我々に塾の先生が言った。君たちは佐藤正午の小説「永遠の1/2」を読んだことがあるか?と。その時にその先生が語ったことによると、この「1/2」と言うのはアキレスと亀のことで、永遠にアキレスは亀に追いつけないパラドックス(単位時間当たりでアキレスが1進むと亀はアキレスの1/2だけ進む。時間を細かく見ていくと永遠に1/2だけ亀が先行することになり、アキレスは亀に追いつくことが出来ない)をモラトリアムを引き延ばして永遠に成熟しない(大人にならない)ことを選択していると言う意味でこの小説は引用していると話してくれた記憶がある。しかし、今改めてその「永遠の1/2」のあらすじを読んでみると全然違う話のようだ。何かがごっちゃになって記憶が混乱しているのかも知れないので、いつか読んでみようと思う。

 

永遠の1/2 (小学館文庫)

永遠の1/2 (小学館文庫)