常盤平蔵のつぶやき

五つのWと一つのH、Web logの原点を探る。

集団が持つ暴力の恐ろしさ。その根源は?〜「D.★P.—脱走兵捜査官ー」を観た

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武蔵境駅


朝の駅の階段で

 毎日中央線の西荻窪から武蔵境まで電車通勤をしている。コロナで昨年の春頃は少しだけ自宅でリモートワークもしたが、基本的に職場に行かないといろんな意味で仕事が出来ないので、第三波の時も、第四波の時も変わらず通勤していた。電車内の人が減ったり、少しもどったりして今のところコロナ前から8割ぐらいになっているというような実感だ。朝夕とも混雑する方向とは逆方向の電車に乗るのでもともとすし詰めと言うほどではなかったが、それが8割ぐらいに減ったのでとても過ごしやすくはなった。
 先日、勤め先のある武蔵境駅で降車し階段を降りていたときのことだ。プラットフォームは高架になっているので、地上にある改札へ降りるためには普通のビルなら三階から一階へ降りるぐらいの高低差がある。人が少し少なくなっているとはいえ、人々が殺気だった様子で我先へと階段へ向かうのは変わらない。階段を降りるときも皆早足だ。私もその中を行く以上あまりのろのろとしてはいられない。自分だって、その中に老人が混ざっていて、前でもたつかれるとイラッとするのはどうしようも無い。
 そんな中、私の横を制服を着た小学生の男の子が更に駆け足で追い抜いていった。その前方を見ると同じぐらいの背格好の私服の男の子が駆け上ってくるのが見えた。お互いが壁際の隙間を一方は上から、もう一方はしたから小走りですすんでいる。あー、これは完全に「コリジョンコースに乗ってる」と思って見ていると、案の定二人はクロスポイントに到達した。その時である。上から駆け下りてきた制服の男のは少しも躊躇せず、下から上がってきた男の子を両手で突き飛ばしたのである。
 二人の子供は同じような体格だったが、上から下への方が、重力によるボーナスがあり強かったのだろう。突き飛ばされた方の私服の野球帽をかぶった男の子は、制服の男の子の両手に押されて階段の中央の方へ押し出されつつ倒れた。私の二、三人前の人が目の前に突然倒れ込んできた男の子に進路を塞がれて止まった。突き飛ばした方の子供は、そのまま階段を駆け下りて改札の方へ走り去った。その間一度も振り返らなかった。倒れた子供は、周りで呆然と見守る大人を尻目に立ち上がると、また階段を上りだした。

 

 

 

お隣の国の徴兵制のリアル
 枕にしては少々長すぎる話を書いてしまったが、今回Netflixで観た「D.★P.」と言うドラマは、韓国の徴兵制におけるタブーとされてきた面を大胆にドラマ化して話題になったそうだ。さすがに韓国国内ではこの内容でスポンサーを見つけることは難しいだろうと思う。なのでNetflixによるドラマ化なのだろう。全六話だが、シーズン化の話もあるらしい。ちなみに私がこのドラマに興味を持った理由は実はそこではなく、日本のスーパーでも見かける「辛ラーメン」の軍隊式食べ方を紹介しつつ、このドラマも面白いよと勧めているネットニュースを見て、とりあえず袋から直接食べる方はキャンプにでも行ったときに試そうと思っているが、まずはドラマの方を観ることにしたのである。

超人気韓国ドラマ「D.P.」に登場する「辛ラーメン」の“袋食べ”は本当に美味しいのか試してみた!(2021年10月2日)|BIGLOBEニュース

上のニュースページでも引用されているが、このラーメンを主人公とその相棒が夜食として食べるシーンで、相棒が言う台詞が深い。
「熱湯に溶け出した油分が袋を溶かし、環境ホルモンが出る。人体に有害だ。でも旨くて食べずにはいられない。環境ホルモンって旨いのかな? どう思う?」
 ドラマの冒頭で10人ぐらいの男が寝起きしている兵舎の中で、陰湿なイジメが先輩と後輩の間で行われている描写がある。壁に五寸釘が刺さっている。ちょうど頭の高さである。その前に後輩を立たせて小突くのである。よろけて倒れると後頭部にくぎの頭が当たる。髪の毛で隠れている上に背面なので上官がそれを見つけることも難しいだろう。もし日本でも同じような制度があったら……と想像するだけで恐ろしい。昔の日本軍でも「新兵イジメ」は酷かったと言う話はその手の本を読めばいくらでも出てくる。死と隣り合わせのストレスマックスな環境下にホットな若者たちを押し込めば「環境ホルモンのようなもの」が否応なく溶け出してくる。そしてその「味」はやめられないほど「旨い」ものなのだ。

 

D.P.とはDeserter Pursuit(軍隊離脱者追跡)の略語
 このドラマの主人公は、身長が高かったと言う理由で憲兵隊(MP)に抜擢され、さらに先輩のイジメに負けない強さを上官から見いだされてD.P.に配属される。しかし、初仕事で失敗し……
 ドラマとしてはこのあと、様々な事情で逃亡する人間の方にスポットを当ててちょっと毛色の違う刑事物のようにする方法もあったかもしれない。しかし、全六話でブレずに「集団の中で行われている暴力」の実体に焦点を当て続けてラストまで引っ張る脚本が素晴らしかった。物語の終盤にいじめられていた人間がいじめた人間に問いかけるシーンがある。「なぜ、俺をいじめたのか?」問われた側の答えは是非ドラマを見て確かめて欲しい。
 その上で、いじめるものといじめられるものが別れる最初の切っ掛けは何だろうかと考えたときに、冒頭の光景が浮かび上がってきたのである。上から降りて来た子供と、下から登ってきた子供の体験はまるで異なるだろう。それが暴力をふるうものと、ふるわれるものへの分かれ道なのかも知れないと思ったからだ。

 

「愛と青春の旅立ち」のように
 私の好きな映画「愛と青春の旅立ち」では士官学校ということもあるが、徹底的にしごく(イジメではなく)のは軍曹であり、そこで鍛えられた人間は士官としてふさわしい人間になれるよう教育されていく。もちろん実際には訓練生同士のイジメもあるのかもしれない。しかし、今回のドラマは徴兵期間におけるそのような人間教育的な活動は全く描かれていなかった。韓国と北朝鮮は停戦中であり、いつ戦争が再開されてもよい状態ということだが、かといってもう今後血みどろの地上戦を再開する事は考えにくいだろう。その停滞した状況が「全ての20歳以上の男は徴兵義務がある」という法律とその実施されている現状とが合わなくなっているのだろう。
 ドラマの中で主人公たちは、脱走した兵隊を捕まえるとき「助けに来たんだ」と言う。ただ怠惰だから逃げ出したわけではなく、自分を守るためにやむを得ず逃げ出したと言う事情を知っているからだ。(そうでない根っからの悪党もいるとはおもうけど)弱きを助け強きを挫くという(ちょっとかっこよすぎる気もするが)勧善懲悪のヒーローとして描かれていることがこのドラマの救いであった。