常盤平蔵のつぶやき

五つのWと一つのH、Web logの原点を探る。

四つの視点と一つの命題~ 「小説の読み方」を読んだ

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海辺のカフカを再読しているが・・・

海辺のカフカ」再読中にカフカの「流刑地にて」を読んで、その後夏目漱石の「坑夫」を読むつもりなのだが、脱線ついでに本屋でたまたま見つけた平野啓一郎の「小説の読み方」を読んだ。その前作である「本の読み方」は、随分前に文庫版になる前のPHP新書の方で読んだと思う。その時は「スローリーディングのすすめ」というような副題がついていたと思うのだが、前回読んだ方も内容はほぼ忘れてしまっていたので、こちらもPHP文庫に再録されていたので「青と黄色の看板の店」にネット注文して再読してみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

4つの視点

今回読んだ「小説の読み方」では最初に読んだ本を四つの視点から見ることを勧めていた。その四つとは

    カニズム(それはどのようなメカニズムで成り立っているのか?)

    発達(それはどのような個体の発達過程を経て獲得されるのか?)

    機能(それはどのような機能を持つのか?)

    進化(それはどのような進化の過程をへたのか?)

 

である。この視点はノーベル医学生理学賞受賞者のニコラス・ティンバーゲンが動物行動学の基本としてあげている「四つの質問」が出典らしい。私も自分の半生の中で少なくない時間を生物学に充ててきた人間なので、この四つの問題意識はそれぞれ非常に馴染み深いものだ。しかし、それを読書に活かすことができるとは全く思っていなかった。

しかし、この4つの分析的な視点で一つの小説を解析するためには、それこそゆっくりじっくり何度も読まないとできないと思う。今回「海辺のカフカ」を再読しているが、まさに一度読んだだけでは見えてこなかったことが多少は見えてきた気がする。とは言え、①から④についてきちんと答えるためには、その小説だけを読んでいてもだめで、例えば②のためには同じ作家の別の小説を読んで比較したり、③のためには同時代の別の作家の小説で同じようなテーマを追求している作品を読んだりしなければならないだろう。また④の進化的な側面からその作品の位置づけをしようと思えば、文学史の知識も必要だと思う。その意味ではこの本でも取り上げられている高橋源一郎の「日本文学盛衰史」を読んだのは大変勉強になった。森鷗外夏目漱石がこんな会話をすることはなかったと思うが、日本文学がどのように進化してきたのかを知る事ができた。

一つの命題

そしてさらに、文学作品であれば必ず持っている中心命題「アポリア」というものがあるとのことだった。アポリアとはギリシャ語で「途方に暮れた」という意味だそうだが、この本では一般的には「解決できない難問」のことだと書いてある。このアポリアがないと文学ではないというのが平野啓一郎の考えだが、なるほどエンタメ小説などではむしろ最後に問題が解決しないと読んだ方は騙され気分になるだろう。ミステリーで犯人が最後まで読んでも明かされなかったり、正義が悪を滅ぼさなかったりしたら(“つづく“がある場合は別として)読者は金返せ!という気分になるだろう。

しかし、エンタメ小説でも「アポリア」を持っているものはあるのではないだろうか?昔読んだギャビン・ライアルの「ミッドナイトプラスワン」という小説のあとがきで内藤陳が「プラスワン」とは何かという考察をしている文章を読んだが、まさにこの「プラスワン」は「アポリア」のことだったのではないだろうか?

 

 

 

 

 

夏目漱石の「坑夫」を読んでいる

今回読んだ「小説の読み方」によってこの「四つの質問と一つの視点」というツールを得た。それを携えた上で現在「坑夫」を読んでいる。すでに明治の言葉が我々にはわからないので、巻末の注をいちいち見ながら読み勧めている。まるで坑道を掘り進めるように文章を読んでいる。今丁度「坑夫」の「アポリア」を掘り当てた。次回はそれについて書く。