常盤平蔵のつぶやき

五つのWと一つのH、Web logの原点を探る。

処刑機械をリアルに想像する~ 「流刑地にて」を読んだ 「海辺のカフカ」再読(1)

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海辺のカフカ」再読

村上春樹の「海辺のカフカ」を再読している。なぜ今「海辺のカフカ」なのか? は全部読み終わったときに書くことにしたい。再読と言っても二回目だが、一度は読んだはずなのに、全然覚えていないエピソードがたくさん出てくるのは自分でもどうなのかと思う。映画も一度見ただけでは気が付かない箇所が二回目、三回目と観ることで気がつくことがすくなからずある。小説でももちろん二度目の読書で何故か新発見し、それに新鮮な驚きがある事自体は珍しくない。だがしかし、村上春樹の小説に限って言えば、ほぼどの本にも言えるとおもうのだが、通り一遍読んだだけでは「あー、おもしろかった」で終わってしまうが、しばらく経ってから改めて読んでみると「こんな話だったっけ?」と首を傾げることが多い。気づかなかった箇所というレベルではなく、エピソードそのものがすっぽり抜け落ちていたり、記憶の中で違う話に置き換わっていたりするのである。

今回も読み返してみて、早速そのような箇所に遭遇した。上巻の最初の方にフランツ・カフカの「流刑地にて」という短編を主人公であるカフカ君が大島さんとその内容について話す場面がある。前回読んだときはスルーしてしまったが、今回はこの「流刑地にて」という短編がどんな話なのかを知ってから続きを読もうと思い、図書館で借りてきた。

このお話には、本好きにとっての理想のような場所である「甲村記念図書館」という私設の図書館が物語の舞台として出てくるが、私が今回読んだ「流刑地にて」を含む「カフカ短編集」を借りた「武蔵野プレイス」も本好きにはかなり理想に近い場所だと思う。先頭に写真を貼ったが、建物のデザインからして謎っぽい感じを醸し出しているのがわかると思う。中に入ると、いきなりカフェがあったりして本好きのパラダイス感があふれていると思う。

 

 

 

あらすじ(もちろんネタバレです)

この話には固有名詞は出て来ない。登場人物はすべて職業(「囚人」が職業かどうかはこの際おいておくが、シナリオ学校で「泥棒」も職業と習った気がする)あるいは役職で呼ばれる。主人公は「旅行家」だ。旅人と言ってもいいかもしれない。その旅行家が辺境の流刑地にやってくる。そこで現地の「将校」からその地にある奇妙な処刑機械の説明を受ける。場面としてはその処刑機械のある荒れ地の谷底のような場所一場面のみで物語は進行する。

その処刑機械は言葉だけで説明するには少々複雑な構造をしている。「製図屋」と呼ばれるコントローラー部分と「ベッド」と呼ばれる、囚人をそこにうつ伏せに固定しておく部分に分かれている。「製図屋」の中には精密な歯車やモーターで構成された機械で、その下側に「馬鍬(まぐわ)」と呼ばれる部分がついている。この馬鍬が説明するのが困難なのだが、この部分が囚人の体の表面に切り傷を刻んでいくことで文章を書くのである。

今であればコンピューターとセンサーで、サーボモータを動かして人体表面を切り刻む機械を作るのは簡単だろう。事実「DaVinci」のような外科手術支援ロボットも開発されている。そういう機械のスチームパンク・バージョンを想像すれば良いのだと思う。そういう意味では動力は蒸気機関である方がよりしっくり来る気がする。製図屋からぶら下がっている馬鍬が、XYZの三軸を持っていて、ベッドの側もヨーとピッチの二軸を持っているのだろう。五軸のNC工作機械と同じだ。短い文章を書き込むのに今だったらものの数十分で終わると思う。それだと拷問にはならないが、この小説に出てくる機械はなんと十二時間もかけてわずか数語の短文を刻み込むのである。実は肝心の判決文を一行書いたら終わりではない。耳なし芳一のように、背中の真ん中に書いた判決文の周り一面にびっしり細かい飾り文字で彫り込むようだ。腕や足にもその飾り文字が刻み込まれると書いてある。

この「処刑機械」の説明をできるだけ細かくしておくことが、実はこの短編には重要である。それを誰が作り、誰が維持しているかや、その機械がいかに精巧作られていて称賛に値するものであるかなどを「将校」から説明される。しかし、その機械の存在意義や機械が行うことに「旅行家」は同意できない。その立場の違いが鮮明になり、最後には平行線だということがわかると「将校」は「囚人」を放免して自分がその「ベッド」に横たわるのである。そして処刑機械を作動させる。しかし、長年の整備不良や部品不足等によってだましだまし動かしてきた機械は、動作中に本格的に壊れはじめ「製図屋」から歯車が飛び出す。結局将校は機械の間違った動作によって殺される。

 

 

 

カフカ君にとっての「処刑機械」

この短編のオチは一体どう解釈すればいいのか?このあと旅行家は、この処刑機械を一人で設計製造した元司令官の墓が街なかの喫茶店の奥に隠してあるということを聞いて、それを観に行く。そしてその街を離れるのである。再び「海辺のカフカ」のカフカ少年の話に戻ると

その複雑で目的の知れない処刑機械は、現実の僕のまわりに実際に存在したのだ。

(「海辺のカフカ」上巻 P119 13行目)

流石に私もこの奇妙な機械が実際に存在したといわれても、それはなにかの比喩として考えざるを得ない。 ・・・いや、それが間違いで、本当に存在する?彼に何がしかの烙印を体に刻み込んで、挙げ句死に至らしめるような機械が?それは一体何のことなのか? 何某かの烙印は、物語の中で父がカフカくんに言ったとされる予言のことだろうか? その予言を機械のように彼に刻み込んでいくのは周りの人間? 環境? いずれにしてもそれは主体的な意図を持たない=機械的にそれを行うものということなのだろう。機械そのものが存在しなくても、結果として皮膚を切り刻むことによって描かれる烙印さえも存在しなくても、それが実際に自分に起こっていると思うならそれは現実ということなのだろう。

 

流刑地にて」、私の好きな話です

カフカくんと話している大島さんは「流刑地にて」について「僕の好きな話だ。」という。それは大島さんもその複雑な立ち位置から「機械に烙印を押される」という経験をしてきていて、カフカくんが感じているものと近いものをこの話から感じ取っているからかもしれない。

余談だが、この「僕の好きな話だ」というセリフを読んで、先日観た「シン・ウルトラマン」に出てくるメフィラス星人の格言好きを思い出してしまった。

更に余談だが、この「カフカ短編集」の「流刑地にて」のあとに掲載されている話は「父の気がかり」というのだが、そのなかに「オドラデク」という単語を発見して驚愕した。「DEATH STRANDING」の中に出てくる幽霊を探知するセンサーの名前がそれだったのだが、その元ネタはこれだったのか! と解ったという話である。(オチはない)

では、「海辺のカフカ」の続きを読みます。(つづく)