常盤平蔵のつぶやき

五つのWと一つのH、Web logの原点を探る。

「夜にその名を呼べば」を読んだ

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現代のトーテムポール


○ タイトル買い
かつてレコードにはジャケ買いというものがあったが、オンラインでデータを買うようになった今はもう死語なのかもしれない。正直この本はタイトルで選んだ。タイトル買いである。それぐらい素晴らしいタイトルだと思った。この作者の他の作品は全く読んだことがない事も付け加えておく。多分この本もブックオフで「ホテルローヤル」を買ったときに一緒に買ったと思う。「ホテルローヤル」は買ってすぐ読んでブログに感想も書いた。しかし、こっちの「夜にその名を呼べば」はしばらく本棚に飾っておいた。その間に佐藤正午の小説やその他をいろいろ読んで、そろそろ読もうと思いこの度読み終わった。読み始めるまでなぜ本棚に飾っておいたのか?その理由はずばり最初に書いた通りタイトルで選んだからである。本棚を眺める際に目に入るそのタイトルを楽しんでいたからだ。

 

夜にその名を呼べば (ハヤカワ文庫JA)

夜にその名を呼べば (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:佐々木 譲
  • 発売日: 2008/05/08
  • メディア: 文庫
 

 

夜に
その名を
呼べば

をそれぞれ順番に見ていきたい。先ず一番最初に一日の時間の中で、朝でも昼でもない「夜に」である。歴史は「夜に」作られるとか、「夜に」口笛を吹いてはいけないとか、「夜に」爪を切ると親の死に目に会えないとか、夜という時間はいろいろな面で朝や昼、夕方とは違う時間である。
次にその名、である。あの人の名でもなく、君の名でもなく、その、ということは、ある人間達の間で既に知られている誰かあるいは何かのものの名前と言うことだろう。
そして最後に、呼べば、である。呼べば、で止められているので、その後何が続くのかわからない。呼んだら応えるのだろうか?その呼ばれたものがやってくるのか?はたまた、全く何も反応がないのか?いろいろ想像が膨らむ。

 

○あらすじ(ネタバレ無し)
この話はミステリーでもあるので、もちろんネタバレは厳禁だろう。この本は全体で三部から構成されている。第一部は1986年ベルリンの壁崩壊前の東西に分断されていたドイツが舞台だ。私と同じ年代の人なら覚えていると思うが、東芝機械がココム違反をしたと言うニュースが昔あった。東西冷戦が続いてた頃は、東側に軍事技術に転用されそうなものを輸出してはいけないという規制があり、当時の東芝機械がそれに違反したという事件を下敷きとして、架空の会社が同じくココム違反を犯しておきながら、ダミー会社に出向させた社員を利用して罪を全部被せて闇に葬ろうとした。しかし、主人公はその陰謀にギリギリのところで気がついて、東ドイツに逃亡するのである。陰謀が動き出して、主人公が狙われて、いろいろあって東ドイツ逃亡するまでのくだりは、ミッションインポッシブルやボーンなんとかのシリーズのように、手に汗握るサスペンスアクションが展開する。
続いて第二部になり、時は流れて1991年である。ベルリンの壁は崩壊したものの、まだソ連は健在であった頃だ。全然関係ないが、私が長崎で学生だった頃にゴルバチョフ書記長が長崎に来たことがあった。大学の敷地のフェンスの所に登って書記長を乗せた車を待っていると本当に黒いスーツに黒めがねで耳にイヤフォンをつけたSP(?)らしき人たちに問答無用で「そこから降りろ」と言われたのを思い出す。この第二部には東ドイツに逃亡した主人公を東側のスパイだったとして追い続けている公安の人間も出てくるが、それ以外にも、主人公が、会社の書いたシナリオ通りの人間だったかのような本をでっち上げたジャーナリストや、もちろん陰謀のシナリオを書いた張本人達、主人公の親、主人公が殺した人間の家族それぞれに、ドイツからエアメールが届くのである。全ての手紙の文面は異なっているが一点だけが同じで、それが「10月18日に小樽に来い」なのである。
そして第三部は10月18日の小樽で……この先が知りたい人はぜひ本書を手に取って読まれることをお勧めする。

 

ミッション:インポッシブル (字幕版)

ミッション:インポッシブル (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 

 

○タイトル買いの嘘(ネタバレ?)
タイトルに惹かれて手に取ったのは嘘ではない。しかし、それだけがこの本を買った理由というのは実は嘘です。実はブックオフで手に取ってパラパラとめくっている内にあるシーンに目が止まり、そのままレジに持っていったというのが真相である。そのシーンというのが何ページにあるかを書こうかと思ったが、それこそこれから読む人の楽しみを奪うことになりかねない。そこはあえて伏せさせていただくことにする。ヒントは先ほど出てきた公安関係の人間が出てくる部分なのだが、そこに出てくるある人物がかなり印象的なのだが、その後のストーリーには直接関係なかったように思う。果たしてあのシーンは必要だったのだろうか?……と書いておきながら、その部分を読んだことで買う気になった人間がここにいるのでやはり必要だったのだろう。

……あえて書いておくが、タイトルの素晴らしさは読み終わった後更に一層深くなる。このタイトルの本当に意味がわかるのである。

 

それまでの明日 (早川書房)

それまでの明日 (早川書房)

 

 

 

○昔のハードボイルドもの
この本を読んで、昔はよくこういうハードボイルドやミステリー小説を沢山読んでいたことを思い出した。もう数年前になるが原寮の「それまでの明日」は読んだが(この人のタイトルの付け方も上手いなーと感心する)ブログに感想は書かなかった。最初に探偵沢崎のシリーズを読んだのは大学生のころで、久々に続編が読めると思い喜んで、仕事で立川に出張したときに寄った本屋で重いのも気にせずハードカバーを買ってきて読んだ。もちろん大変面白かったが、何かもう過去になってしまったような感覚があった。その点この本は実際に出版されたのが1992年(つまりこの本の事件が起きた一年後)なので、先日読んだ佐藤正午の「永遠の1/2」と同じで、80年㈹から90年代のあの頃がこの本の中にもタイムカプセルのように封じ込められている様に感じられて大変楽しかった。この辺も昨年来続いている「後ろ向きの興味」なのだろう。ここまで来たら、このままどんどん後ろ向きに前に進むことにする。

 

永遠の1/2 (小学館文庫)

永遠の1/2 (小学館文庫)