常盤平蔵のつぶやき

五つのWと一つのH、Web logの原点を探る。

エリートの戦い〜 「隠蔽捜査」を読んだ

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NHKの番組「SWITCHインタビュー 達人達」

www.nhk.jp


この本を知ったのは、いつものHONZではない。NHK Eテレのインタビュー番組「SWITCHインタビュー 達人達」で作者である今野敏と、元厚生労働省の官僚で村木厚子の回を見たときに村木さんが、お風呂の中で読んでその主人公に惚れて感想に抱きしめてキスをしたと書くほど気に入ったと紹介されていたので興味を持った。
村木さんと言えば、厚生労働省の役人として、組織ぐるみの不正疑惑が起きた時に、メディアに露出していた。メディアの伝え方で、最初は悪人として報道され、徐々に事件の真相が明らかになるにつれて不正に関与していなかったことが報道され、最初の印象が180度変わってしまった。

 

 


○あらすじ
主人公が末端の警官や刑事ではなく警察庁のキャリアである。自ずと見える景色が違うため、事件への関わり方も異なる。事件や犯人のディテールは見えない。それはちょうどニュースや新聞で知る事件ぐらいの距離感である。逆にその近い目線で幹部はどのような判断をしているのか、に同化する体験が出来るストーリーである。
一巻で起こる事件は、実際にあった凶悪事件を想起させるもので、現実と地続きであることがわかる。
そのような凶悪事件の犯人も事件当時未成年者であれば、数年したら刑務所から出て普通の市民の間で生活すること出来る。そのことに対して怒りを感じ、そのような人々を粛正使用と考える人が出てきても不思議ではないと思う。ただし、それが警察関係者であったら……というのがこの話の中心になる。そのような不祥事を隠蔽しようとする動きが組織内部から起きてくる。この本のタイトル「隠蔽捜査」はそこから来ている。しかし主人公の竜崎の家庭内でも隠蔽しなければならない事態が発生して……ここから先はネタバレになるので書けないが、その二つの「隠蔽」が絡まって大変な緊張感を生み出すのである。
今回読んだ一巻自体はもう十数年前に出版された本だが、未だに続編がでており、つい最近も7巻が出たようだ。ちなみに巻数が変則的で、3の次が3.5、4、5の次が6、最新刊が7となっている。0.5の付く巻はいわばスピンオフで、主人公が竜崎を取り巻く人になっている短編集だ。こちらも読むのが楽しみである。

 

○歴史物のような視点
これまで読んできた刑事もの、警察ものの小説と異なる点は、この本の主人公である竜崎が警察官であると同時に官僚であるため、その行動は高度な決断を伴うものになる。そのため、主人公竜崎の行動や決断は歴史物の主人公のような視点になるのである。
これまでの刑事ドラマでは主人公は現場の刑事である事がほとんどで、読者はその視点から謎解きや犯人に迫っていく過程を楽しむ。しかし、この本の主人公竜崎はそれとは異なり、上に集まってくる情報を元に決断する。
この立ち位置は、実は一般市民が様々なメディアを通じて知る事件の全容に近い。もちろんその上で竜崎は警察内部の人間なので、外部に出てくる情報だけでなく、普通の市民では絶対に知り得ない情報も上がってくる。
読者は、新聞やテレビで知る事件について、一般市民的な目線で更にその事件に対して官僚がどのように決断し行動するのかを、肩越しに覗いているような感覚で楽しむことが出来る。

 

○メディアに対する考え方
実は2巻も既に読んだのだが、主人公の竜崎は毎朝必ず新聞5紙の朝刊に全て目を通している。それは新聞というメディアを信頼しているからではなく、むしろ逆で政治や自紙の売り上げのことしか眼中にない、堕落した存在としてむしろ監視しているような姿勢で読んでいる。
私も先日もブログに書いたように新聞を取り始めたが、竜崎のように朝刊5紙に全て目を通すどころか、朝刊すら見逃しがちだ。ただ、私のとっている日経は、経済を中心に世間を見ているので、悪く言えば金にならない話は全く取り上げられないが、その分載っている記事はすべて経済の動き、金の流れに関係があるものと考えてよさそうだ。それも一つのバイアスかも知れないが、バイアスの方向がはっきりわかった上で読むことが出来るので良いと考えてる。
冒頭に触れた村木さんの事件もメディアの伝え方次第で印象が変わってしまった。それぞれの思惑でどのようにバイアスがかかっているかを知るためには、5紙全てに目を通すような視点が必要なのだろう。