常盤平蔵のつぶやき

五つのWと一つのH、Web logの原点を探る。

ずっと春が嫌いだったんだと思う

今週のお題「20歳」

 

今回のお題について考えている最中に、そういえば二十歳の頃春が嫌いだったと思い出した。今のように花粉症もでていない頃なのでそういう理由ではない。その頃私は浪人だったからである。世間的に見たら大学浪人と言うことになるのだが、私自身これからの人生で何をしていけばいいか全くと言っていいほどアイディアがなかったので途方に暮れていたのである。

 

そもそも小学校から中学高校と学校に通っている間も、毎年4月になると新学期が来てこれまで仲間としてやってきたクラスメートや、担任の先生も含めてシャッフルされてしまう。そして小学六年生から中学一年生と中学三年生から高校一年生では、通う学校も変わるし先生も変わる。クラスメートは知った顔も居れば、全く知らない顔もいるというような状態になる。

 

中学の時は同じクラスになれなかったと言って泣いている女子なども居たが、しばらくすると新しいクラスで別のグループを形成して楽しそうにやっているのが不思議だった。男子はクラスが違っても友達グループはだいたい同じだったように思う。いずれにしても、3月と4月の間でなぜか自分の周りの世界が不連続であるというのは、よくよく考えると相当に理不尽なことなのではないか。

 

そう考えると、おそらく潜在的に私は春がずーっと嫌いだったのだと思う。そして二十歳の春である。学校どころか自分がこの先何をしたらいいのか全然わからないから居場所もない。あの春特有の景色、青い空と白い雲、地面には花が咲きはじめ、木々の枝にも若葉が芽を出しているのに、うすら寒い風が吹く・・という中で呆然と立ち尽くしていた記憶がある。

 

やりたいことがなかったわけではない。ただ、それを実現していく方法が全然わからなかったのだ。その当時は周りの大人が提供してくれることが情報のほとんどだし、それには情報提供者のバイアスが多分にかかっている。今はネットで調べれば大抵の情報は手に入る。信頼性に関してはよくよく吟味しないといけないだろう。しかし、吟味するだけの情報量がある。本当にいい時代だと思う。

 

今でも春はあまり好きになれない季節だ。その理由の主たるものは花粉症による・・・と言うことにしておこう。