常盤平蔵のつぶやき

五つのWと一つのH、Web logの原点を探る。

食は広東に在り、心の平安は食に在り〜 中国滞在中の食事について

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衣食足りて礼節を知る

中国滞在中は気軽に雑記を書くというつもりでいたのだが、12月に入り仕事が佳境になってブログを書く暇も無かった。ようやく帰国の日取りも近づいて仕事もひと段落した(……そうでも無いかもしれないが)ので久々に書きたいと思う。「衣食足りて礼節を知る」と言うが、12月に入った頃から広州も急激に気温が下がり、出張前に考えていた衣服では寒さに耐えられなくなってきたので、こちらの方に(世界の)Uniqloがあるところを紹介してもらい、出張者で買い出しに行った。店内には日本とほぼ変わらないラインナップが展示されており、先月発売だった「Spy Family」のTシャツまであった。こっちでも動画サービスで観られるのだろう。その時買った服のおかげでとりあえず寒さは凌げている。その時に立ち寄った日本居酒屋で食べたカツ丼があまりに美味しく「刑事さん、私がやりました……(泣)」とやってもいない犯罪を自供してしまいそうだった。確かに中国滞在も一カ月を過ぎて中華オンリーの食事が辛くなってきていた。そう言う訳で人間の生活にとって一番重要と言っても過言ではない食の話を書こうと思う。

 

 

中華三昧

朝ごはんがホテルで提供されているので、ほとんどのメニューは中華とは言え、パンもコーヒーもサラダもヨーグルトもフルーツもあったので洋食の朝ごはんを選んでいればそれなりに日本と変わらないものが食べられたのだが、コロナによる規制で朝食レストランが閉鎖された。フロントに頼んでおけば、部屋まで届けてくれるようだったが、それは頼まずに近くのコンビニで買ったパンやカステラのようなお菓子とコーヒーで一週間過ごしたのが良く無かったのかもしれない。朝食を食べるという一日の食事のスタートからリズムが崩れてしまい、反動で昼からつい食べすぎてしまう。そうすると夜にお腹が減らない。しかし無理矢理食べる。朝ごはんを食べたくなくなる。昼が多い……という悪循環に陥ってしまったようだ。それにしても、私より早く来ていた人たちはよくこの環境で何ヶ月も過ごせたものだと感心してしまった。

隔離明け11月に最初に入った工場の食堂は、自分でお金を負担する代わりに選択の自由があった。また、完全量り売りのおかずコーナーもあり、食べたいものを食べているという選択の自由を行使出来ている感覚がそれを支えていたと思う。しかし、もう一つは、隔離生活でカロリーコントロールのために食べずに残すことを覚えたので、トータルの摂取量がまだまだ抑えられていたのだと思う。11月の後半から今いる工場の方へ移って来たのだが、こちら工場の食堂は、食券が支給されたため、支払いはしなくて良くなった代わりに選択の自由が狭まったのである。量り売りおかずのコーナはあるので、基本はそこでおかずをとってご飯を食べるのだが、先ほども描いた通り、コロナの規制で朝食から始まる食のリズムが崩れた結果、食事が楽しくなくなり、また、昼食べて、夜はホテル周辺のお店で外食しようとすると、またこれも食べ慣れないものをおっかなびっくり食べることになり食事が楽しく無くなるので、休日は現地化したイオンのお惣菜コーナーに行き、ラップロールをビールと一緒に食べる事になる。気温がそれなりに高く、暑いと感じている間はまだよかったのだが、冒頭に書いた様に12月に入ってから急に気温が下がって毎日十数度しかない日が続いている。二十度付近まで上がる日は稀だ。気温が下がると人間は精神的に難しい状態になる。冬を目前にして、何も対策を考えなかった個体は滅びて、そのことに危機を感じる遺伝子を持つ我々が今生き延びているのだから当然だ。とにかく必要以上になんとかしなければと思ってしまうが、それが焦りを生むだけでどうしようもない。こちらは服を買うことで何とか凌ぐ事ができた。

 

同化と異化

話をもどすが、我々にとって「食事をする」は生命の根源となる活動である。外界からエネルギー源となる物質を取り込み同化する、その後で不用物を異化するという複雑なシステムだ。多細胞生物であり、専門臓器を持っている我々の体内でそれを担っているのは消化器系の各臓器であり、システムのコアとなる「同化と異化」に関しては腸管が主な担い手である。最近の研究では、更にその腸管内で活動している数兆の細菌が重要な役割を果たしていると言われている。そしてその働きが上手くいかなければ生命活動の維持が危うくなる。寒くなって体温が下がると言うこともこのシステムに対して障害を与える要因になる。生化学反応で重要な役割を果たす酵素はそれぞれ決まった最適な温度帯があるので、そこから環境温度が外れると途端に化学反応の効率が落ちる。この文章を書いている私の意識が居るのは脳だが、脳も臓器であり、同化と異化のシステムが上手くいかなければ脳細胞唯一のエネルギー源である糖分が配給されなくなり、活動そのものがシュリンクする。気がつかないうちに思考できる範囲が狭まってしまうのだろう。まとめると、我々の精神活動は身体の置かれた環境にその精神の土台の部分から影響を受けているが、我々の精神(state of mind)はそのバイアスを感知する事が出来ないと言うことだ。

 

広東 state of mind

我々の体を構成する細胞は七年で完全に入れ替わると言われている。しかし、腸内にいる数兆の細菌は、日本で暮らしている限り日本の細菌のままだ。彼らが腸に送り込まれてくる食物を受け入れない限り「同化と異化」がスムーズに行われない。恐らくこの場所、広東省で十年も暮らせば、体を構成する細胞も、そこに住まう腸内の細菌も中国で取り込んだものに完全に入れ替わるだろう。気候や風土に完全に馴染むと言うのはそう言うことなのだろう。逆に二ヶ月もいれば既に何千分の一、何百分の一は既に置き換わり始めているのかもしれない。もしくは十年前から広東省に来始めて、すでに細菌はハイブリッド化を始めているのかもしれない。中国に来ると「ああ、中国に来たな」と感じる瞬間があるが、それは私の腸内にいる中国の細菌がそう思わせているのかもしれない。実際中国の風景に奇妙な愛着を感じ始めているのも確かである。だが、今の私の心は「Tokyo state of mind」だ。真冬の成田空港のゲートを出て北風に吹かれる瞬間を文字通り心待ちにしている。

 

New York State of Mind