常盤平蔵のつぶやき

五つのWと一つのH、Web logの原点を探る。

「夏の裁断」を読んだ

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島本理生の「夏の裁断」を読んだ
11月の最後の週に中国出張になったので、先日Honzで見つけた「神話の力」を読もうと思って準備していたのだが、あっさり持ってくるのを忘れた。無意識的には読みたく無いと思っているのかもしれないと考えると色々興味深いが、それに関する考察は、実際に「神話の力」を読んでからすることにする。

 

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 

〇空港の書店
今回出張に行くに当たって、成田に着いてからほかにも一切本を持ってきていない事に気がついたので、空港内にある本屋の改造社に行って、何か適当な本は無いかなと物色した。空港内の本屋は、来店する客層が限定されているので、ラインナップも特定の傾向があると思う。お客にはこれからまとまった時間があり、それは読書するという事にとって最も重要な条件をクリアしているという事だ。またまたスティーブン・キングの言葉を借りて恐縮だが、この本屋に並んでいる本にお客が求めることは「二時間飽きずに読み続けさせてくれるかどうか」だろう。そういう意味で、もしかしたら街の本屋のように(最近は街角の小さい本屋はどんどん無くなっているが)新刊本を漫然と入れているだけではなく、書評などで裏付けのある本を仕入れているのではないかと思った。今回購入した本も大変面白く、四時間を超えるフライトの中で、所々休んでストーリーの状況を咀嚼しながら楽しんで読むことが出来た。

 

夏の裁断 (文春文庫)

夏の裁断 (文春文庫)

 

 

〇本の自炊
改造社ではそういうつもりで本棚の背表紙を眺めていたが、ふと少し前に直木賞を受賞された島本理生氏の本が目にとまった。それが今回の『夏の裁断』である。裏表紙にある内容紹介を読むと「自炊」と書いてあって、しかもその意味は本来の「ご飯を自分で作ること」ではなく「紙の本を電子化すること」の方だったのである。私も、紙で残っているものを電子化するために富士通ScanSnapとPLUSの裁断機をもう10年ぐらい前に購入して「自炊」をする。私の場合は主に写真とか昔の書類を電子化して体積を無くして行こうというのが目的だったので、本の自炊はあまりやらない。あまり見ないけど資料として手元に置いておきたいと言うような本だけ自炊しているが、本という物体自体にも思い入れがあるので、この本の主人公も初めてほんの自炊をするときに、その生々しい行為について嫌悪感を表明していたが、まさしくそれは本好きには共通することだと思う。また、文庫本というパッケージは、小型軽量で電子書籍のようにデバイスも電源も必要としない大変優れたものであるので、これを更に裁断してスキャンしてもそれ程利便性が上がらないと思っている。

 

 

 

プラス 裁断機 自炊 A4 コンパクト PK-213 26-366

プラス 裁断機 自炊 A4 コンパクト PK-213 26-366

 

 

〇あらすじ
主人公は作家の菅野千紘で、年齢は30歳前後だったと思う。祖父が学者で鎌倉に家があり、その家を処分するために祖父がため込んだ蔵書を「自炊」して保存しておくため一夏をその家で過ごすと言うのが基本のストーリーだ。そこに数人の男性が出入りすると言う展開で全体としてみればラブストーリーだ。主人公が一人で飲み屋に行って酒を飲んだりするときにもつ煮込みとビールを好むなど、著者自身のプロフィールと重なる部分があると言うことを後で知った。物語の冒頭、ある出版社の営業である柴田という男との付き合いでトラブルを起こしたところから始まる。千紘の母はスナックを経営しており、そこにかつて来ていた客から性的虐待を受けた過去があり、男性との付き合いに障害を抱えている事が後々明らかになる。自分の本の装丁をしてくれたイラストレーターの男性や、鎌倉の焼き鳥屋で偶然で会うサラリーマン男性、ラジオ番組に呼ばれたときにであったモデルの若い男などと次々関係を持つ。この本は雑誌に掲載された「夏の裁断」を第一章として、そのあと「秋の通り雨」「冬の沈黙」「春の結論」とその後の展開が加筆されて一冊の本になっている。逆に「夏の裁断」だけだとこの話が何処に着地するのか(しないのか)が全く見えなかったと思う。残りの三章は最初の一章から比べるとそれぞれ短いが、それらの物語を得て主人公は一応の決着と未来を得る。

 

〇感想
第一章のなかで自炊する場面で、本のページの断片的な文章からその本を向かし読んだときにどんな感想を持ったとかを描写するところがあるが、もしかしたら作者のたくらみとしては、そういう風に自分の作家としての基礎担っている部分を紐解きながら、内照していくことだったのかも知れないと思った。しかし、その辺の自炊に関わる話は後半は影を潜めていく。先ほど触れた本を破壊することによる自傷にも似た感覚のような部分と男との付き合いにおける主人公の抱えるデリケートさとのつながりもあるような気はするがそこは正直よくわからない。しかし、そうやってドリフトしていく展開自体は大変面白かった。しかし、私がこの本を読んで一番困ったのはその冒頭からトラブルを起こす「柴田」というキャラクターの捉えどころのなさである。どうもこの「柴田」という男は女性にもてるらしいのだが、正直どの部分が魅力なのかが私にはわからなかった。私は男なので当たり前かも知れないが、改めて女性の考えることは不可解であると思ったし、それがまた新鮮で面白かった。つぎは映画化もされた「ナラタージュ」を読んでみようと思っている。

 

ナラタージュ

ナラタージュ