常盤平蔵のつぶやき

ものづくりからもの書きへの転身を目指す文章修行のブログです。

「ひなた弁当」を読んだ

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妻が買ってきた「ひなた弁当」(山本甲士著)と言う本を読んだ。夕方読み始め、晩ご飯を挟んでしばらく読んで読み終わったので、四、五時間で読み終わることが出来ると思う。妻からさらっと読めるし、あなたは読むべきと言われたので読み始めたのだが、本当のその通りで非常に面白く、また示唆に富む内容だった。

 

ひなた弁当 (小学館文庫)

ひなた弁当 (小学館文庫)

 

 

 

〇あらすじ
住宅販売会社をリストラされた50がらみの男性が、最終しよくしようとするも上手くいかず、自殺まで考えるのだがふと拾ったどんぐりが食べられることを発見し、その後野草や川魚を食べることで、やがてはそれらの料理を使った弁当屋を始め、再起する話である。
作者があとがきに書いているが、30年ほど前にニューヨークのセントラルパークで野草を採集し、それだけを食べて生きている人が紹介されていたことが、この話を書くきっかけになっているそうである。

〇人類と職業と食料
作中でも触れられているが、男は釣りから狩猟の喜びを得るというのは私も全く同感である。前にNHKスペシャルで人類の男の脳と女の脳の違いは、男は狩猟向きに、女は野草採取向きにそれぞれチューニングされて進化した結果このような違いが生まれたという説を見た気がする。いずれにしても、人類は生き延びるために食べなければならず、そのために狩猟や採集によって食料の調達を長い間続けてきたはずだ。ドングリを食べていた期間は八千年、米を食べるようになって二千年であり、ドングリを食べていた期間の方が断然長いという指摘にも驚かされたが、通勤電車に詰め込まれて、会社で上司の顔色をうかがい、客に頭を下げ、家族のご機嫌を取るという事をした結果銀行口座にお金が振り込まれる……という生き方をしている我々現代人はなんともおかしな生き方をしているものだと思う。

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〇個人的に面白かった点
作中で釣りの楽しさを知った元ニートの少年が、人生の目標(釣り堀経営)を見いだし水産大学に進もうとするくだりがある。実は私も水産関係の勉強をした人間だが、私自身はそういう魚や釣り、漁業、海などを学ぶ事の先にそのような目標を全く持っていなかったため、逆に在学中水産を勉強することの意味というものをいろいろ考えた本末転倒な人間である。
そのときに、長野県の某所でしばらく暮らすことがあったが、この話に出てくるような淡水魚(フナ、コイ、オイカワなど)を食べるのである。恐らく日本全国の県のなかで海がない県がいくつかあるが、そこでも同じように食べていたのだろう。琵琶湖や霞ヶ浦などの湖でも淡水魚は大規模に漁獲されているが、恐らく近年は流通、消費量が激減していると思われる。私も長野県にいたとき、淡水魚の料理をいろいろ食べたが、やはり魚は海の方がうまいと信じていた。そして、それよりもやはり牛豚鳥というものの肉の方がうまいと思っていた。生意気にも学生だったときに養殖業者のひとに「牛豚鳥の肉は食べたくなるけど、魚の肉は食べたくならない」などと言ったこともある。
しかし、今50代になって必ずしもそうではないと思う。この本に出てくるような料理、フナの甘露煮やオイカワの南蛮漬けは、ファミリーレストランやファーストフードのわかりやすい味付けに慣れた舌にはわからない繊細な味があるのだ。タンポポやノビル、ドングリにしてもそうだと思う。
それらを弁当のおかずにして売ったとき、支持されるかどうかは難しいかも知れない。けれども、この小説を読み終わったら「ひなた弁当」を食べてみたいと思わない人は少ないのではないかと思う。

〇まとめ
前半のリストラから再就職ができず、ドングリに出会うまでのくだりは、同じような経験をした人間には、身も凍るというか、フィクションではない感じがすると思う。私も自分の意思で転職し、派遣業界の(肉体的、精神的な)厳しさを垣間見てきたので読んでいて他人事ではなかった。しかし、ただで食べられる食材にであった後の主人公の行動は読んでいてふむふむなるほど、ほーっと感心しているうちにあれよあれよとストーリーが進んでいき一気に読める楽しい本である。
この本に書かれているようなことを実践するにはやはり人工的になりすぎた東京は難しいと思うが、逆に地方は人が減って自然も回復し食料をただで手に入れやすくなっているのではないだろうか。
初出は中公文庫で東日本大震災の前の夏に出ていたようなので、恐らくあまり話題にならなかったのかも知れない。今回は小学館文庫から出ており、私が手に取った本も既に五刷なので沢山読まれているとは思うが、震災後更に東京一極集中が進み、地方の過疎化進む今後はますます読まれる必要のある本だと思う。