常盤平蔵のつぶやき

ものづくりからもの書きへの転身を目指す文章修行のブログです。

「シェイプ・オブ・ウオーター」を観た

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劇場と作品
4月15日、吉祥寺オデオンで「シェイプオブウオーター」を観た。1日一回の上映になっており、19時15分からだったのだが、観客の入り具合はまあまあだった。日曜日の夜に劇場で映画を観るというも案外楽しいなと思った。

今年度アカデミー作品賞受賞作品であり、革命的な作品と言われている。それはホラーで怪獣映画が初めてアカデミー賞をとったからだそうだ。ただ、それだけではないようだ。

毎度おなじみ町山さんの解説によると、今回の授賞式はマイノリティへの配慮というか視線に満ちていたようである。プレゼンターのコメントがほとんどそういう方面への配慮に溢れていたそうである。しかし、アメリカに住んで、トランプ政権下の空気を感じていないと何を言っているかわからないと言っていた。この絵以外に出てくる半魚人も「実際には存在しない」が、それは「存在するのにいない事にされている」マイノリティの人々と同じだ。昨年まではそういうマイノリティの映画はヒットしないといわれていたが、今年から変わったのだという。その象徴がこの作品のアカデミー賞受賞なのだろう。

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※ここからは基本的には映画を観た人向けの内容です。ストーリーには直接触れていませんが、内容はネタバレしています。

 

登場人物
・イライザ
主人公は白人女性だし、なぜマイノリティなのか最初わからなかったが、1962年のアメリカでは口がきけないという事は、障害者であり、障害者はマイノリティなのであった。
この主人公が、始まって1分で風呂場で◯◯◯ーするという、驚愕の展開なのだが、その性の悦びに関しても、メジャーとマイナーの対比が描かれている。(メジャーの方は後で出てくる役人のストリクトランド)
この女優さんは以前にウディアレンのブルージャスミンという映画で見たことがあったことを思い出した。この時も、ちょっとラリっているのかな?と思わせる演技だったが、濃いと言うか、クセになると言うか、後に残る印象深い演技を見せる女優さんだなと思う。

 

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ガイルズ(画家)
イライザの隣の部屋に住んでいるイラストレーターのおじさんが描いている絵は、ノーマン・ロックウエルの描いていた様な絵であり、まさにアメリカの幸せな時代を象徴するような絵なのである。しかし、彼はホモセクシャルであり、やはりマイノリティだ。おそらく会社を解雇されたのも、その事が会社にバレたからだろう。パイ屋の若い男になんとか気に入られようとするが、逆に酷い目にあう。この辺りのくだりは、「マグノリア」に出てきたクイズ少年のおじさんにも似たようなエピソードがあったが、そもそもなぜあんな軽薄そうな兄ちゃんに惚れるのかがわからないが、その辺の心理は女性と同じなのだろうか?

 

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半魚人
これを書いてしまうと既にネタバレかもしれないが、半漁人の風貌が日本の特撮ヒーロー物に出てくるマスクのようである。おそらく50歳近い人しか知らないと思うが「超人ビュビューン」に出てくるバシャーンとか、凛々しい口元は「人造人間キカイダー」や「イナズマン」を思わせる造形だった。ギレルモデルトロ監督はおそらくこの辺の特撮にも知見があると思われるので、そこから引用している可能性も高い。しかし、この口元の造形は、最初違和感を感じた部分である。オリジナルの大アマゾンの半漁人は口が耳まで裂けたグロテスクな顔をしている。しかし今回の彼は目は両生類のカエルやイモリを思わせる二重の瞼を持っているが、全体としてはスマートでありX-MENの中に出てきても違和感はないデザインだ。これは実はラストシーンで大事な意味を持つ。イライザとキスをするのである。その場合ワニ口ではそのシーンが全然締まらないだろう。町山さんの解説によると、ギレルモデルトロ監督は、まさに先述の「大アマゾンの半魚人」で、半魚人=中南米の人という立場から、半魚人がヒロインと結ばれてハッピーエンドになる話を6歳に初めてその映画を見た時から想像し、自分で漫画を描いていたという事だから、あのラストシーンは非常に思い入れがあるものであったと思うし、そうであるからには美しいシーンでなければならず、あのような引き締まった面立ちの半魚人の王子様になったのだろう。

 

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ストリックランド
1962年は国家主義のもとで邁進する役人が威張っていた時代のようだ。ストリックランドはその代表だが、それ以外の人間はほぼ名前がない。上官のハリル元帥に完全に支配されている。
イライザ、ゼルダとのトイレの中での会話は傑作だ。
「人間(男)には二種類いる」と言う話には色々なバリエーションがあるが、今回のも記憶に残る分類だった。いわく、小便をする前に手を洗う男と、小便をした後で手を洗う男に分かれるらしい。そして後から洗うやつは軟弱者だそうだ。
その後彼は半魚人に左手の指を2本食いちぎられる。食いちぎられた指はつなぎ直しても元どおりにはならない。劇中の時間経過とともにどんどん黒ずんでいき、最後の決戦前には自らその腐った指を引きちぎるのである。これもシナリオ的には段々とストリックランドが追い詰められていく様がその指に象徴されていたと思う。先ほどのイライザはオナニー、ストリックランドは子供(これがまたノーマンロックウエルの絵のような家族なのもあえてそういう描写なのだろう)が学校に出かけてから嫁さんと昼間っから堂々と○ァッ○するシーンがあって、ケツに思いっきりボカシが入っていたが、そのシーンの最中にも嫁さんにも「指から血が出てる」と言わせている。また、しばらく後では「指が臭う」と同僚に言われるシーンもあり、着実に観客にもその事を意識させる演出が繰り返されていた。非常にうまいと思った。
この俳優さんは「マン・オブ・スティール」でもゾッド将軍の役でものすごく悪そうな顔をしている。日本人でいえば遠藤憲一のような感じだ。今回ものその悪人顔を余すところなく発揮している。

 

 

ゼルダ
イライザの友人で職場では一番の理解者。個人的にはハゼみたいな顔で、この両生類が主役の映画の舞台に選ばれたんじゃないかとおもった。
ストリックランドが半魚人を逃した犯人を探して家に来た時も、脅されてもイライザの事を喋らなかったのに、横にいたいつもは無口なダンナがペロッと喋ってしまったことに対して怒り以下の台詞を言う。
「喋らないなら、今も黙っていて欲しかった。」
何となくこの描写だけで、当時の黒人の置かれた立場が分かる気がする。

 

ホフシュテイン博士
ソ連のスパイでありながら、半魚人に魅せられた一人。殺して解剖しようとするストリックランドに抗議する。アメリカ名はボブだったが、後半イライザに本名を告げるシーンがある。本名イコール本心と言ってもいいだろう。ただ、この映画、政府の秘密研究機関ということになっているが、そういう側面からの半魚人に関するエピソードはまったく出てこない。その辺のところを担うキャラクターであったはずだが、ソ連のスパイである事しか描かれなかった。これは監督の意図したものであったと思うが、60年代とはいえ今の科学の基礎が築かれたのはあの時代なので、もう少しあっても良かったのでは無いだろうか?

その他の登場人物
・ハリル元帥
偉い人で、偉そうになってしまった人。その当時のアメリカを象徴しているのだろう。

ソ連の特務機関員
その当時のソ連を象徴しているのだろう。

普遍的なテーマ
この映画には、あらゆる創作物(フィクション)が持つ側面としての普遍性があると思う。それは、存在しないことになっているものに生き続ける場所を与えることだ。その彼らだけが運び続ける真実がある。私も子供の頃沢山の特撮ヒーローやアニメに出てくるヒーロー、ヒロインをみた。実際の世界ではどんなに困ってもヒーローは助けに来てくれない。自分でなんとかするしかない。だからこれはファンタジーだ。忘れ去られたマイノリティたちの声なき声(まさに主人公は声がない)が人の記憶の中で生き続けている可能性を具体的に示してくれた。
そして、マイノリティ同士の連帯感だけではない、未知の存在への興味。そこにしか居場所のないものたち。そういう今のアメリカが忘れているものを、しっかりと意識させるためにこの映画に賞を与えたのだろう。

タイトル
最後にタイトルについて。サイモン&ガーファンクルの歌に「サウンド・オブ・サイレンス」(沈黙の音)というのがあるが、まさにこの映画のタイトルも「シェイプ・オブ・ウオーター」(水の形)である。両方に共通するのは、どちらも本来存在しないものという点だ。無音の状況に「シーン」と擬音を当てたのは手塚治虫の発明だが、本来形のない水についてこのような美しい物語を生み出したデルトロ監督は本当に素晴らしい。

 

サウンド・オブ・サイレンス

サウンド・オブ・サイレンス