常盤平蔵のつぶやき

五つのWと一つのH、Web logの原点を探る。

映画「ゴースト・イン・ザ・シェル」を観て思ったこと

私の好きな映画監督押井守が撮った不朽の名作「攻殻機動隊」のリメイク権をあのスピルバーグが買って、作らせたのが本作「ゴースト・イン・ザ・シェル」なのだが、公開前には沢山話題を聞いたが、公開後にパタッと話を聞かなくなってしまった。

私も前売り券を買って観に行くことは確定していたのだが、このGWの最終日やっと見ることが出来た。

その時点で「あれ?」っと思ったのは、すでに多くの映画館で上映が終了していたことである。慌てて近所で観られる映画館を探したら池袋の映画館で何とか席を確保できたのだが、日本語吹き替え版だった。

普段なら日本語吹き替えは絶対パスなのだが、この作品に限ってはあえてこっちを選ぶという選択もありだと思ったのだ。理由は

「吹き替えの声優さんたちがオリジナルと同じキャストだから」

 

攻殻機動隊 DVD BOOK by押井守 GHOST IN THE SHELL (講談社キャラクターズA)

攻殻機動隊 DVD BOOK by押井守 GHOST IN THE SHELL (講談社キャラクターズA)

 

 公開前から「スカヨハが少佐はどうよ?」(スカーレット・ヨハンソンが東洋人という設定の主人公「草薙素子」役なのはまずいんじゃないの?)と言われていたが、同じく公開前にされたらしい押井監督のインタビューで、そのことは全然問題ないとされていた。

この点は私も映画を観ての感想としては全く同意できる。(押井監督と同じく私もスカヨハのファンでもあるので)

この映画が凡作になった理由はズバリ「新鮮味がない」からだろう。

 

※ここからはネタバレになります。

 

監督が原作やアニメ(映画版だけでなくS.A.C等も含む)を愛してやまない感じは、画面の端々の「お遊び」でよーっくわかった。結局そのことが、少佐を大きく変えることを不可能にしたのではないか。

ヒーロー、ヒロインにとってオリジナルであることは絶対に必要だ。スパイダーマンにしろバットマンにしろリメイクされるたびに新しいキャラクターになっている。今回の少佐はキャラクターも焼き直しになってしまっているので、一番大事なスーパーヒロインっぷりが全く伝わってこない。

冷静に考えると「窓の外から飛び込んで、あっという間に一人でマシンガンを持った男たち(おそらくはサイボーグ)を制圧する」というのは常人離れした技だが、それってオリジナルが世に出て以降、真っ先に「マトリックス」で真似され、それ以後もたくさんの模倣シーンを生んできた。

それをリメイクだからやってもいいと思ったのかもしれないが、それではリメイクする意味がないだろう。

やはりスーパーヒーロー(ヒロイン)は映画史上でも唯一無二の活躍をしなければ、映画を背負えないのだということがよく分かった。(あれ?ネタバレしてないや)