常盤平蔵のつぶやき

ものづくりからもの書きへの転身を目指す文章修行のブログです。

ベトナム雑感(1)

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 ベトナムに来始めて約2か月が過ぎた。

その間にいろいろと考えることは沢山あったのだが、なかなか文章にできるところまで固まって来なかった。

その理由はもちろん初めての外国で、入ってくる情報が大量にあるためそれをかみ砕いて飲み込んで腹に収めるという作業に時間がかかったということは当然だが、それだけでない部分がある気がしていた。

その部分 ー喉に引っかかった小さな骨のようなものー が何なのか、この本を読むことで多少分かった気がする。

週末ベトナムでちょっと一服

週末ベトナムでちょっと一服

 

 この本の中で「フランシーヌの場合」という歌を知っているかどうかがカギになると書かれていた。

私はこの歌を全く知らなかった。(年代的にも作者とは一回り若い)しかし、大学に入った年、4月のキャンパスの一角にヘルメットをかぶってサングラスにマスクといういでたちで拡声器を使い何かを叫んでいた一団がいたことは覚えている。

私の場合愛知県の片田舎から、九州の大学に行ったので中央から消えていったそのような団体がかろうじて生き残っていたのだろう。ベトナムと同じで日本も南北に長い国である。いまさらながら地理的な隔たりというのは物事を考える上で重要な要素だと思う。

まさにこのことがこの本で書かれていることの核心であり、私が感じていた違和感の正体を多少なりとはっきりさせてくれる情報だと思う。ベトナムの北と南は別の国なのだ。

そのことは、出張する前にある知り合いの商社マンの方から聞いていた事だった。ベトナムに行くならハノイに行くか、ホーチーミンに行くかで全然違うよ、と。しかし私はハノイにしか今のところ足を踏み入れていないので、ベトナムの印象=ハノイである。そして、この本によるとハノイ=昔から中国の支配下にあった歴史があり「かなり中国っぽい」らしい。

私も以前は中国に足掛け10年ぐらい出張していたが、私にとって中国=シンセン、香港なのでこの本で書かれている「ハノイの冬は上海を思い出す」という部分はちょっとわからないが、一度だけ出張で杭州に行ったことがある。その街並みがハノイに似ていた気がするのだ。

一方で、滞在しているホテルの周りの街中を歩いてみると、漢字の書かれた寺院のようなものが結構点在している。しかし、ベトナム人は漢字を全く読めない。我々はそれが読める。我々の日本も中国(かつての中華帝国)の辺境国家群の一つなのだ。そういう意味でベトナムと日本に似た部分もある気がする。

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 やはりまだモヤモヤした部分がかなりある。とりあえず、この本のおかげで進む方向だけは定まった気がするが、その視界はハノイの空のように曇っている。