常盤平蔵のつぶやき

ものづくりからもの書きへの転身を目指す文章修行のブログです。

「NieR:Automata」をクリアした

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久々にまとめてゲームをする時間がとれたので、Steamでオータムセールのため半額になっていた「NieR:Automata」をDL購入してプレイした。イージー設定で、いわゆる「クリア」の3周プレイ終了するのにまるまる一週間ぐらいかかった。以下感想になるが、あくまでストーリーとか世界観に関してのものになるので、ネタバレ必須だと思います。

 

ニーア オートマタ - PS4

ニーア オートマタ - PS4

 

 

 

〇あらすじ
宇宙から飛来したエイリアンがもたらした機械生命体によって人類は地球を追われ月に退避している遠い未来。人類は自分たちが作り出したアンドロイドによる地球奪還のための反攻作戦を行っていたが、機械生命体の圧倒的な戦力により、衛星上の基地からの侵攻作戦は数百年膠着状態にある。
そんな状況の中、プレイヤーが操作する主人公は、単独で現在の地球上がどうなっているかを調査するための戦闘に向かうことになる。地球上では機械生命体が独自の進化を遂げており、人類の歴史から学ぼうとしていた。
小さな不戦コミュニティーを作るもの。王国をつくるもの、宗教に基づくカルト集団をつくるものなど、さまざまな状況が明らかになると同時に、実はその機械生命体を作り出したエイリアンも数百年前に滅んでおり、機械生命体は独自に進化を遂げていることが判明する。
一部の機械生命体から、外見がアンドロイドにそっくりな個体が生み出される。そのアンドロイドを剣で切り裂くと、そこから更に同じ形態の人間にそっくりな機械生命体が生み出される。
数々の戦闘の末その二体の人間型機械生命体を倒すが、今度は巨大な塔が地下からあらわれて、機械生命体の概念人格が独自に調査していた情報が保管されており、そこにはヨルハ部隊が作られた理由は。そして最終的にはその塔は、月にある人類保管サーバーを破壊する砲台であると言うことがわかる。最終的にそれを破壊したのか?どうなったのか?その辺はよくわからないまま終わる。
(※独断と偏見に基づく筋書きのため、多分に間違っている可能性が高いです。ご自身でプレイされた実感を優先して下さい。)

ニーア オートマタ - Wikipedia

 

〇世界観と世界
基本的にプレイヤーが操作するキャラクターはヨルハ部隊の2Bという女性型アンドロイドである。しかし、外見や振る舞いは限りなく人間に近い。その上で戦闘能力や、ネットワーク機能などが付加されておりゲームシステムとの融合した存在となっている。
いろいろなサイトで紹介や感想を書かれている方が絶賛されているが、全体のデザインが素晴らしく、統一された世界観がゲームの世界に没入することに喜びを与えてくれる。
既に人類が地球上から姿を消して数百年?立っている世界なので、人類がかつて繁栄していた形跡は全て廃墟になっている。廃墟好きにはたまらない世界だと思う。
レジスタンスという存在が地球上にいるのだが、彼らもアンドロイドだろう。人間そっくりだが、セリフを決まったことしか言わないというゲームのNPCであることとアンドロイド(つまり機械)であることは大変親和性が高い。それ以外はフィールドには敵である機械生命体と野生生物しかいないので大変静かなのである。さらにボーカルをフィーチャーしたBGMがフィールドごとに流れているのだが、それも大変心地よく、ヘッドホンを付けてボリュームを大きめにしていても全然不愉快にならない。

 

NieR:Automata Original Soundtrack

NieR:Automata Original Soundtrack

 

 

〇ヨルハ部隊と2B
プレイヤーキャラとしての2Bのデザインがそもそもこのゲームをやってみようと思わせる理由だったのだが、そのデザインセンスの良さには本当に恐れ入った。同じく9S、2Aや衛星上の基地の司令官、オペレーターなどの服装のデザインも素晴らしく、いつまで見ていても飽きない。こんどドルフィーで出るようだが、最初からそうなるためにデザインされているような気さえする。コスプレでもこの2Bになっている方の写真を沢山見かけるが、そういうレイヤーさんを沢山この世に生み出してくれたこのゲームに感謝である。

 

 

〇個人的なツボ
最後に私の個人的なツボだった部分について書いておく。まず、主人公2Bの声優さん(石川由依)の声である。このへんはその道の人からはきっと「何を今更」なので多くは語らないが、ぐっとくるとしか言い様がない。人の喋り方が与えてくれる官能というものは、本当に説明出来ない快楽の一つだろう。恐らく声優本人が目の前で喋ってるのを聞いてもそうは思わないと思う。このキャラクターの外見で、この声、この喋りというのがぐっとくるのだと思う。まあ、この世界は深みにはまると大変そうなのでこのぐらいにしておく。
もう一つはやはりキャラクターのデザインだ。コスチュームのデザインも含むのだが、人類が消え去って遙かな時間がたった世界で、このような趣味の良い外見の機械とアンドロイドが果てしない闘争を繰り広げているという想像は、頭の奥の方がツーンとするような感動をおぼえる。
最後に一つ。タイトルの「ニーア」ってなんなんでしょう?ニールス・ボーアの略ではないですよね。

 

スティーブン・キングの「書くことについて」を読んだ

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この手の本はすでに何冊目だろうか?ここに書いていない本も含めて数十冊は読んでいる気がする。
もともとこの本は「月刊シナリオ教室」8月号のミソ帳倶楽部ダイジェストに紹介されていたので、手にとってみたのだが、久々に当たりだった。というか自分のスタイルに合っていると思った。

 

書くことについて (小学館文庫)

書くことについて (小学館文庫)

 

 


ここに記録していない本も含めて、小説の書き方や物語の作り方という本は、二桁は確実に読んでいる。二桁といっても三桁に手が届きそうな数ではないが、それでも、既に内容もタイトルも覚えていないようなものも合わせれば結構な数になると思う。しかしそれらを思い返してみてもこの人の言うことが一番しっくりきた。この人なんて恐れ多いが、実際に読んでみると前半部分の自叙伝的な部分、スティーブン・キングが作家になるまでの道のりで、幼少の頃からどのような人生を生きてきたかの部分を読むと、本当に親しみを感じるというのがわかっていただけると思う。初めて書いた本を母が褒めてくれたところや、兄とミニコミ誌を作っていたエピソードなど読んでいて胸が熱くなる事しきりだった。

〇書くことについて
高校の時にリスボンの週刊新聞の記者ジョン・グールドに言われたこと「何かを書くときは自分にストーリーを語って聞かせればいい。手直しをするときは余計言葉を全て削ることだ」更に含蓄のある言葉を口にしたと書かれている。曰く「ドアを閉めて書け。ドアを開けて書き直せ」だ。
これをキングが言い換えた言葉が「原稿を書き、完成させたら、後はそれを読んだり批判したりする者のものになる」ということだそうだ。
更に次の章(かなり短い)で「書くこととはーーーずばり、テレバシーである」と書いている。この内容もかなり私には合点がいった。
というのも昔、SFのような小説を書いていたとき(完結しなかったが)その当時の映画で「ブレインストーム」というのがあった。その映画の中で、脳から全ての情報をある機械で記録することで、それを他人が再生すると、自分がしているのと全く変わらない「体験」が出来るというものが出てきたのだ。実はこれが出来るのは文字を読む事だと思う。ここでキングが言っているのは、時や空間を超えて(時には言語の壁も超えて)外の人間に思っていることを伝えることが出来る道具が書物なのである。それを大変簡潔な書き方で示している。

 

ブレインストーム [DVD]

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〇金のために書いているか?
スティーブン・キングはこの質問に対してはっきりNoと書いている。当たり前のような気がするが、彼は金のために書いたことは一文字もないそうだ。純粋に喜びのために書くと。創作というのは絶対にそうだと思う。絵を描く人間も、楽曲を作る人間も、これがいくらで売れるからそれを創るということをしたら終わりだと思う。しかし、これはそれを商売にしようとすることとはっきりと矛盾する。
あらゆる仕事がそうであったらいいとは思うが、残念ながらそうでない仕事の方が多いだろう。すなわち、これをやったら幾ら貰えるのかがはっきりわかっている事をやるということだ。しかし、クリエイティブな仕事をするためには、その対照表(労働=対価)が先に見えたら終わりだろう。

 

〇地中に埋もれた化石のようなもの
スティーブン・キングは雑誌ニューヨーカーの取材で「ストーリーは地中に埋もれた化石のようなもの」と答えたそうである。それを掘り出すのには繊細な作業が必要であると。それに対してプロットで話を作ることは、その地中に埋もれた化石を削岩機で掘り出すようなものだと書いている。これも、なんとなくわかる気がする。いや、しかし本当になんとなくだ。シナリオセンターではキャラクター造形を第一にするべきと教えられる。しかし、キャラクターを創ることは、その人間が形成された環境を創ることになり、それはストーリーと密接に関係していると思う。卵が先か、鶏が先かという問題になってしまいそうだが、化石を掘り出すというメタファーから考えると、やはりそれは切っても切れないものであると思われる。恐竜の化石を掘り出すとき、その地層は恐竜が生きていた時代の環境も一緒に封印して埋設しているはずだ。従って化石を掘り出していることは、その背後の環境も一緒に掘り出すことになるだろう。

 

 

〇作家がしなければならないこと
作家になるのに絶対にしなければならないことが二つあるとキングは言う。それは「たくさん読み、たくさん書くことだ。私の知る限りその代わりになるものはないし、近道もない」と。そして更にこう書いている。
「信じられない話だが、本をほとんど、場合によっては全く読まずに小説を書き、それを好きになってもらえると思っているものが、この世には少なからずいる……(中略)……ここではっきり言っておこう。読む時間がないのに、どうして書く時間があるのか。単純明快である」大変耳が痛い。しかしその後で大変素晴らしい励ましを書いてくれている。
「心ゆくまで読んだり書いたりすることに、後ろめたさを感じている方がいるとすれば、私が今ここで許可を与えるので、どうかご心配なく」ありがとう!キング先生!これからはこころゆくまで読んだり書いたりします。

「ひなた弁当」を読んだ

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妻が買ってきた「ひなた弁当」(山本甲士著)と言う本を読んだ。夕方読み始め、晩ご飯を挟んでしばらく読んで読み終わったので、四、五時間で読み終わることが出来ると思う。妻からさらっと読めるし、あなたは読むべきと言われたので読み始めたのだが、本当のその通りで非常に面白く、また示唆に富む内容だった。

 

ひなた弁当 (小学館文庫)

ひなた弁当 (小学館文庫)

 

 

 

〇あらすじ
住宅販売会社をリストラされた50がらみの男性が、最終しよくしようとするも上手くいかず、自殺まで考えるのだがふと拾ったどんぐりが食べられることを発見し、その後野草や川魚を食べることで、やがてはそれらの料理を使った弁当屋を始め、再起する話である。
作者があとがきに書いているが、30年ほど前にニューヨークのセントラルパークで野草を採集し、それだけを食べて生きている人が紹介されていたことが、この話を書くきっかけになっているそうである。

〇人類と職業と食料
作中でも触れられているが、男は釣りから狩猟の喜びを得るというのは私も全く同感である。前にNHKスペシャルで人類の男の脳と女の脳の違いは、男は狩猟向きに、女は野草採取向きにそれぞれチューニングされて進化した結果このような違いが生まれたという説を見た気がする。いずれにしても、人類は生き延びるために食べなければならず、そのために狩猟や採集によって食料の調達を長い間続けてきたはずだ。ドングリを食べていた期間は八千年、米を食べるようになって二千年であり、ドングリを食べていた期間の方が断然長いという指摘にも驚かされたが、通勤電車に詰め込まれて、会社で上司の顔色をうかがい、客に頭を下げ、家族のご機嫌を取るという事をした結果銀行口座にお金が振り込まれる……という生き方をしている我々現代人はなんともおかしな生き方をしているものだと思う。

www6.nhk.or.jp

〇個人的に面白かった点
作中で釣りの楽しさを知った元ニートの少年が、人生の目標(釣り堀経営)を見いだし水産大学に進もうとするくだりがある。実は私も水産関係の勉強をした人間だが、私自身はそういう魚や釣り、漁業、海などを学ぶ事の先にそのような目標を全く持っていなかったため、逆に在学中水産を勉強することの意味というものをいろいろ考えた本末転倒な人間である。
そのときに、長野県の某所でしばらく暮らすことがあったが、この話に出てくるような淡水魚(フナ、コイ、オイカワなど)を食べるのである。恐らく日本全国の県のなかで海がない県がいくつかあるが、そこでも同じように食べていたのだろう。琵琶湖や霞ヶ浦などの湖でも淡水魚は大規模に漁獲されているが、恐らく近年は流通、消費量が激減していると思われる。私も長野県にいたとき、淡水魚の料理をいろいろ食べたが、やはり魚は海の方がうまいと信じていた。そして、それよりもやはり牛豚鳥というものの肉の方がうまいと思っていた。生意気にも学生だったときに養殖業者のひとに「牛豚鳥の肉は食べたくなるけど、魚の肉は食べたくならない」などと言ったこともある。
しかし、今50代になって必ずしもそうではないと思う。この本に出てくるような料理、フナの甘露煮やオイカワの南蛮漬けは、ファミリーレストランやファーストフードのわかりやすい味付けに慣れた舌にはわからない繊細な味があるのだ。タンポポやノビル、ドングリにしてもそうだと思う。
それらを弁当のおかずにして売ったとき、支持されるかどうかは難しいかも知れない。けれども、この小説を読み終わったら「ひなた弁当」を食べてみたいと思わない人は少ないのではないかと思う。

〇まとめ
前半のリストラから再就職ができず、ドングリに出会うまでのくだりは、同じような経験をした人間には、身も凍るというか、フィクションではない感じがすると思う。私も自分の意思で転職し、派遣業界の(肉体的、精神的な)厳しさを垣間見てきたので読んでいて他人事ではなかった。しかし、ただで食べられる食材にであった後の主人公の行動は読んでいてふむふむなるほど、ほーっと感心しているうちにあれよあれよとストーリーが進んでいき一気に読める楽しい本である。
この本に書かれているようなことを実践するにはやはり人工的になりすぎた東京は難しいと思うが、逆に地方は人が減って自然も回復し食料をただで手に入れやすくなっているのではないだろうか。
初出は中公文庫で東日本大震災の前の夏に出ていたようなので、恐らくあまり話題にならなかったのかも知れない。今回は小学館文庫から出ており、私が手に取った本も既に五刷なので沢山読まれているとは思うが、震災後更に東京一極集中が進み、地方の過疎化進む今後はますます読まれる必要のある本だと思う。

自動読み上げ機能の未来

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iPhoneの読み上げ機能で本を読むことを始めた。他のはてなブログの方が書いておられて、興味を持ったことがきっかけだ。実際にやってみると、なかなか読書が捗る。ただし色々問題点もある。

 

〇良い点
私の通勤時間は短い上に歩き、電車、乗り換え、電車、歩きと、めまぐるしい。おまけに最近は老眼が進んで本を読むためには眼鏡をかけなければならない。スマホのリーダーなら、字をかなり大きくして腰ぐらいの高さに離せばなんとか読めるが、その距離を確保するのが困難な姿勢もある。そういう状況では今までは音楽を聴くぐらいしかできなかったが、この読み上げ機能を使えば、それぞれの異なるフェーズでずーっと本を聴くことが出来る。

 

〇悪い点
やはり、機械ならではの読み間違いが結構頻発する。Kindleを読ませても、カクヨムを読ませても「行く」を「いく」と読む場合と「こうく」(だったかちょっと定かでないが)とにかく同じ本の中でも読み方が変わる。その辺はアルゴリズムがあって、文脈や前後関係から判断しているのだと思うが、いちいち脳内変換しないといけないのはストレスがたまる。本を読むというのはもともと脳内で文字という圧縮された情報を展開し読み替える作業が連続するので、そこにさらにエラーコレクトを同時に走らせるということは、処理に負荷をかけることになる。そういうのがいやならやはりAudibleなどのサービスで、あらかじめ人間が朗読したものを聞く方がいいだろう。脳内補完が楽しいぐらい余裕のある内容であればこれも構わないと思う。

 

先日紹介した「コーヒーショップライフテクノロジーズ」も後半iOSの読み上げ機能で読んでみた。特にリブートのアダルトな部分を機械音声で読み上げて貰うのは、なんか、微妙に新しい体験な気がした。また、今読んでいる本は「ロートケプシェン、こっちにおいで」で、Kindleで無料で配布されていたので以前にダウンロードしておいたものだったが、読み上げ機能で読み始めたら意外と面白く、前作も買って読んでみようとおもってしまい、見事にAmazonさんの戦略にはまった気がする。

 

 

この読み上げ機能は、じつはAmazon Echoでも使えるらしいのだが、そうやって一度電子書籍で買えばAudibleで買い直さなくて良くなるようにして欲しいと思った。Amazonはこういうカニバリ的なサービスをやるからすごいなとおもうのだが、どうせやるなら、この読み上げ機能もっとどんどん進化して、たとえばミステリーなら渋いおじさんの声でよむとか、登場人物のセリフはそれぞれ違う声で当ててくれるようになると面白いと思う。また、アダルトな内容であればそういうニュアンスを持った声で読んでくれるとかあれば、そういう小説の需要ももっと高まると思う。

 

電車の中でスマホを持っている人は大抵動画を見ている。私としてはどうせ動画を見るならせめてテレビぐらい大きな画面で見たいと思ってしまうのでタブレットでもなんかもったいない気がしてしまう。しかし、朗読、本の読み上げであれば、いちいち老眼鏡を出さなくても本を読むと言うか聞くことが出来る。三谷幸喜の「ラヂオの時間」で言っていたが、ラジオドラマの可能性は人間の想像力がある限り無限である。まさにこの本の読み上げ機能がもっと進化して、朗読やラジオドラマぐらいに進化したらまだまだ本を書くことにも無限の可能性があると思うのだが…

 

ラヂオの時間 [DVD]

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「コーヒーショップライフテクノロジーズ」を読んだ

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〇あらすじ
知り合いから表題の小説があるが、自分は読む時間がないので読んで感想を聞かせて欲しいという連絡が来た。その小説は投稿サイトのカクヨムで公開されている小説だった。内容の紹介は実際にサイトにある要約を読んで貰った方が確かだが、私なりにごく簡単にまとめると、若者が大人に一度はひどい目に遭わされるが、艱難辛苦の末に社会的成功を得ると同時に自分たちを窮地に追いやった人間に対しても一泡吹かせるという話だ。

kakuyomu.jp

ポスドク問題
この物語のメインテーマである「ポスドク問題」というのは、恐らく一般の人には理解されがたいだろう。なぜ、高学歴の人間が職にあぶれるのか?その辺のことは「高学歴ワーキングプア」という本に詳しい。

 

高学歴ワーキングプア  「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)

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しかし、この物語の素晴らしいのは、文部科学省の政策によって修士号や博士号を持つ人間を闇雲に増やしたことだけに問題の責任を求めるのではなく、当事者となった人間達、すなわち曲がりなりにも博士号を取得できるような頭脳を持っているのであれば、自分で自らを救う道もあるのではないか?と言う視点だろう。物語にも沢山出てくるが、起業や創業を支援する制度は沢山あるよ、と言うことだと思う。


個人的に話として私もこの物語に出てくる若者達のような立場になったことがある。しかし、私が世の中に出たころは、先述した本もまだ出たばかりで、この物語にも書かれているような「博士号持った人間が余っている」という状況が起き始めたばかりだったこともあって、そのような人間に対する補助の制度もなく、社会的な認識もいまよりもかなり薄かった。そこで私はあっさり研究者として生きる道を諦め、ものづくりの世界へ飛び込んだのである。その後十年間、家電OEMの会社で働いた経験は拙著にほとんど書いたつもりだ。私がこの物語に出てくる登場人物達のように優秀で、何より研究がしたいと言う人間だったならば、また選択肢も違ったかもと言う観点からも読ませて貰った。

 

 

家電OEMの会社で働くあなたのための参考書
 

 

〇誰が書いているのか?
ここから先は興味本位の推測話になる。物語の舞台が関東、東京であることから、その地域の学生であった人であることは間違いないだろう。そして、バイオあるいは医学関係の研究をしていた人であることもほぼ間違いないと思う。しかし、それ以上のことはわからない。半沢直樹なみに面白い展開なので、いずれどこかの出版社かもしくはドラマ化の企画があればどのような経歴の作者かわかると思うので楽しみにしたい。

 

半沢直樹 -ディレクターズカット版- DVD-BOX

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〇Reboot
今、カクヨムで公開されているのは本編とRebootと言う二つのパートがあるが、まだRebootのほうは継続中のようだ。こちらは本編で悪役側で印象的な役柄を演じていた人物によるコーヒーショップライフテクノロジーズへの復讐物語になっているようだ。そして本編にはなかったアダルト要素(?)がかなりアップしていて読めば続きが気になる事間違いなしである。作者であるトクロンティヌスさんには是非続きを発表して欲しいと思う。

「裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル」を読んだ

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お盆前に宮澤伊織の「裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル」を読んだ。
元々ネットの記事で「百合」小説として紹介されていたので、なるほど読んでみるとそういう方面の需要もあるとは思った。しかし私の興味はネットロア(ネットロア=ネット・フォークロアを縮めたもの。和製英語のネット用語)、もしくは都市伝説のような部分であり、以前おおハマりしたゲームの「サイレン」シリーズのような部分だった。
サイレンも元々のネタは「2ちゃんねる」の書き込みだったとおもうので、今回の小説もそこは同じである。

 

 

サイレンでは「津山13人殺し」がもとになっていて、そこに八百比丘尼などの古来からある怪奇伝承などの存在を絡めた上で、異世界からの存在が現実に介入して来ていると言う話だった。ホラーとしての演出が素晴らしすぎてCMが放送禁止になったりしているが、この小説はホラー部分はかなり低めで、やはり「百合」的な二人の主人公のやりとりにフォーカスしているようだ。

 ↓ものすごく怖い 

SIREN

SIREN

 

恐らくだが、主人公二人の名前「空魚(そらお)」と「鳥子(とりこ)」というのは諸星大二郎のマンガ「栞と紙魚子の怪奇事件簿」からインスパイアされているのでないだろうか。マンガの方の二人の主人公の名前に「鳥」と言う文字はまったく使われていないが、名前に魚という漢字を入れる時点でかなり珍しいと思う。そもそも女の子二人が怪奇現象に興味を持って冒険するという話のフォーマットがそっくりだ。そういう意味では「栞と紙魚子」も百合マンガなのだろうか。

 

 

※ここからネタバレになります

第一話で空魚が「くねくね」によって行動不能にされたときに、丁度そこに現れて助ける鳥子という登場の仕方が、バディものとしての話を予感させる。そして、最終的に「くねくね」を倒すことでオーパーツが手に入り、それを研究している人間からの報酬が得られるというゲーム的なフォーマットも完成する。さらにその「くねくね」を倒す過程で異世界のものを見る能力と、触れる能力をそれぞれが手に入れる。それぞれの能力では敵は倒せないが、見ることと触れることを合わせることで、窮地を脱することが出来るようになる当たりも素晴らしいと思った。また、異世界への入り方も都市伝説からの引用で、廃墟であったり、エレベーターをある法則にそって上下させることでいつの間にか別世界へ入っている…というような描写がでてきて面白い。

この話に出てくる怪異に関して検索するとpixiv辞典にたどり着く。一見するとなんだかよくわからない絵だが、本来描き表すのが難しいような対象を萌え絵にまで持って行っているものもあり、それぞれの絵師さんたちのイマジネーションに感心するが、そういう発想もこの小説を書く上でのベースになっているのではないだろうか。

・くねくね

dic.pixiv.net

・八尺様

dic.pixiv.net

・きさらぎ駅

dic.pixiv.net

また、その裏世界のことに関してアドバイスしてくれる小桜という研究者が出てくるが、その容姿が大人なのに少女のような外観というある意味これも定番的な博士で、いってみれば「博士と助手」パターンなのだが、実はこの博士は自分は極度の怖がりで裏世界には行きたくないうえに、実はその裏世界の全容を研究していると言いながらもまだ何もわかっていないなど、全然頼りにならない。ここら辺、例えば何か裏世界の存在の法則とか成り立ちみたいなものがわかっていたら、研究者とか、オーパーツの買い取り先みたいなものにも説得力が生まれるような気もするが、二巻をちょっと読み始めて観た時点でも恐らくそれは設定されていないようだ。この話自体のベースがインタビューで描かれていたように、ストーリーを通じて「百合」をすることであり、(裏)世界の秘密を解き明かすことにないからだろう。

一巻のファイル3「ステーション・フェブラリー」では裏世界に迷い込んだ米軍実験部隊が出てくるが、この「きさらぎ駅」というのも有名なネットロアだというのを今回初めて知った。もともとの話は静岡県で女の人が夜に電車に乗ったら「きさらぎ駅」という駅に着いたという書き込みを最後に行方不明になったというものだそうだ。そういえばゲーム「Steins;Gate」でも出てきたが、アメリカのネット掲示板でも「ジョン・タイター」というタイムトラベラーの書き込みがあったという事実?から触発されているが、ネット掲示板というものは、ある意味人間の想像力がいろいろな形で発揮される場所だ。
二巻の最初でこの米軍実験部隊を救出にいく話が出てくるが、もともと沖縄にいた部隊を、裏世界にはいった「ゲート」を通じて救出する。この作者は軍事、特に兵器に関してもかなり詳しいようで、空魚に軽い銃をカスタムでセットアップするところの描写は、説得力があった。私も銃器に関してはそんなに詳しくないが、読んでいて楽しかった。

裏世界が何の象徴なのか?とかテーマは?とか難しいことを考えなくても、楽しめる話であり、今後も空魚と鳥子の冒険を読みたいと思う。

 

 

「ウエストワールド シーズン1」を観終わった

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AmazonPrime Video で見られるHBOのドラマ「WESTWORLD」が本当に面白い。シーズン2はすでにアメリカでは放映中の様だ。観られる日が楽しみである。本当に面白い!と思えるテレビシリーズドラマは何年か前にはまった「バトルスター・ギャラクティカ」のシリーズ以来だった。

 

 

 

先日の海の日の連休を使って一気に第一話から第十話までファーストシーズンを見終わった。一話当たり一時間のドラマだが、本当に始まりの数分から、終わり頃の数分間まで、全く間延びすることの無い見事な脚本で、それだけでも感動する。この猛暑の中で外に出るのもためらわれたが、このドラマのおかげで連休を有意義に過ごすことが出来た。

◯元ネタは70年代の映画
元ネタというか、七〇年代に作られた映画「ウエストワールド」が元になっているが、あの頃も第一次人工知能ブームの余韻があったのだろう。原作はマイケル・クライトンと聞けば「ジュラシックパーク」の方が思い出されるが、いわゆるこのパークという設定はこの人の専売特許なのだろうか?
基本は古い映画のリメイク。それを現代ならではのネタを仕込んでいるため全く新しい楽しみを見出せる。バトルスター・ギャラクティカの時と同じで、同じ設定でもアイデア次第でこんなに面白くできると思わせてくれる。

 

 

 

◯ストーリー
最先端の技術で作られたロボットの「ホスト」がパークに来た客のあらゆる要求に応えて究極のごっこ遊びができる場所がデロスという会社が提供するウエストワールドだ。ここでは「殺し」(もちろん相手はロボットだから死なないので、一時的な機能停止だ)も含めたあらゆる行動が自由だ。本当の西部開拓時代がそこまで無法な世界だったかどうかはわからないが、銀河鉄道999に出てくる「自由な惑星」みたいな感じだと言ったらわかる人はわかるだろう。

 


そこでロボットの「ホスト」達はシナリオ通りの行動を毎日繰り返している。そこに人間の客「ゲスト」が勝手な行動を追加してくるのでシナリオは予定調和では終わらないが、ある程度即興的な反応もできるレベルのロボットだ。この辺り、前回のブログにも書いたAIには絶対に出来そうにないが、それが出来るAIやロボットが完成しているという前提でのお話という事である。

 

 

tokiwa-heizo.hatenablog.com

 

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

 

 

パークは営業を開始してからすでに30年以上たっているという設定だ。という事はもしこれが現代の話だとして30年前と言うと・・・1990年代と言うことになる。前作の映画をそのまま引き継いでいると言う設定ではない様だ。さらに言えば、このドラマパーク外での生活がどの様に営まれているかは一切映らない。この事によって、時代が本当はいつなのかは特定されない様になっている。この設定というか、ドラマとしてのシナリオはいい決断をしたと思う。パークの外の世界を知らないという事は、ホストの視点と同じだからだ。視聴者にもホストの方に感情移入させる為だろう。
ストーリーはデロスという運営会社及びそこに雇われている社員テレサ、リー、エルシー(人間)と、パークの肝であるホストを開発した天才博士、フォード(人間)、30年以上パークに通っているという謎の客、黒服の男(人間)とホスト達、ドロレス、メイヴ、テッド(ロボット)とのそれぞれの思惑が複雑に絡み合っているため、説明するのがかなり難しい。そこでそれぞれの主要な登場人物の思惑を書いてみる事にする。

◯フォード博士
アンソニー・ホプキンス演じるパークのホストを開発した天才だが、パーク創業当時にはパートナーがいたことが中盤に明らかになる。名前はアーノルド。アーノルドはロボットは自我を持つ可能性があると信じて開発をしていた。この部分がドラマの初期からミステリーとして最後まで引っ張っていく事になる。ドラマの最初の方では、フォードのスタンスはホストはあくまで機械であり、自我を持つなどという事はあり得ないと考えており、アーノルドと対立していた様だ。しかしドラマの最終回で、アーノルドと同じ考えに到達したようだ。その為、自分のシナリオを発動させドロレスに自分を殺させて、それと同時にその他のホストを使って会社の役員や招待客を皆殺しにするシーンは、元ネタの映画から考えればそこに落ち着くのは当たり前だったのかもしれない。ただ、そこに至る道筋が文字通り一筋縄ではいかないのだ。
運営会社のシナリオ担当者が自分のシナリオ「レッドリバーオデッセイ」を披露するときに「生きたまま自分の内臓を食べる…」というエピソードもあるよというと「くだらん」と一蹴するのはレクター博士役をやったアンソニー・ホプキンスへのパロディだろう。

 

 

◯ドロレス
パーク創業当時からいるホストでアーノルドの調整を受けていた。その為自我を持っているという設定だ。そこで問題になるのは、じゃあなぜアーノルドを殺して、最後にまたフォードを殺すことができたのか?自我はあってもロボットでもあるので、折りたたみのタブレットみたいな端末でコントロールできてしまう。それは途中でバーナードがフォードにされる事もそうだが、そういう二面性、自我、つまり自分の意思、考えを持っている事と機械であるがゆえに命令には絶対服従であることは矛盾せずホストの中に存在する。
アーノルドがドロレスのために仕込んだ「メイズ」というゲームが出てくるのだが、
フォードが解説するところによるとアーノルドが考えていた「精神」というか意識はピラミッド構造になっており、一番下に記憶があり、それに基づく即興があって、その上に…何があるかはわからないと言うことになっていたが(自我だろう)それは実はピラミッド構造では無くマトリョーシカのような入れ子構造になっていると途中でモデルが変わる。それを具体的に表しているのが「MAZE」(迷路)だという事だった。

ちなみに、Amazonが売っているスマートスピーカーALEXAでこの「MAZE」がノベルゲームとして遊べるという記事があったので自宅のALEXAに何度も「Open WestWorld!」と言ってるのだが「知らん」と言われるのはなぜなのだろうか?

japanese.engadget.com

◯黒服の男=ウイリアム
この登場人物の若い頃、初めてパークに来た頃のエピソードが実は途中で挿入されてくる。これが同じ人物と思ってみるか、全く別の人が今パークで体験している事なのかと思ってみるかで、頭の中の整理状態は全然違ってくる。私はネットで実は同一人物というのを先に見てしまっていたのでそこまで混乱しかなった。彼を狂わせたのはドロレスなのだが、ドロレスはアーノルドが自我を与えているので、人間と同じ様に愛してしまってもおかしくはないというのが肝だ。
俳優はエド・ハリスで、なんとなく映画版のユル・ブリンナーがやっていたガンマンを彷彿とさせる外観で出てくる。

 

◯アーノルド=バーナード
フォードと一緒にパーク創業時にホストを開発していたもう一人の天才。彼の考えではホストは自我を持つ(あるいはいずれ持つ?)事になる。その上で、ゲストの欲望を満たすだけの存在であるならば、このパーク内にいる事は地獄で生きることを意味する。そこから救いたいと考えてパーク開業直前にドロレスに命じてホストと自分自身を殺害させる。
その後残されたフォードは、全ての記憶を消去して修理、なんとか開業に間に合わせたという過去がある。おそらくその後フォードはアーノルドの「ホストは自我を持つ」という可能性を検証し続けたのだろう。その過程でアーノルドそっくりのバーナードを作って、様々な可能性を試した結果、同じ結論に至りあのラストの虐殺へと繋がったようだ。

 

◯JJエイブラムスも制作に関わってる
JJエイブラムスが「トムの手」で書いた様に今回のドラマでも参加しており、各所で秘密の箱を使っている。
まずはホストの設定をうまく使っている。ホストは時間が経っても同じ見た目で、人間は年をとる。その事を使って同じ人物の若い頃の話と、今の話を交互に移す事でいかにも別の人間のように見せることが出来る。観ている側にはわかりにくいが、それこそがミステリーであり、なんでもない事も見逃さないようにという観客の集中力を高める事につながっている。

 

◯オリジナル版との違い
オリジナル版との違いといっても、別にストーリーに変更があるわけではない。この場合のオリジナルというのはアメリカで放映されたもののことだ。それとの比較では、いくつか違いがあるようだ。
まず一つが、今回の「WESTWORLD」はAmazonプライム・ビデオで見られるのは吹き替え版の方だけだ。
私は基本的に海の向こうのドラマはオリジナル音声プラス字幕で観るのが好きなので、最初は気が乗らなかったのだが、全10話を見終わる頃には、むしろ吹き替えで良かったと思っている。
なぜかと言うと吹き替えている人たちの演技が大変上手いのだ。決して間に合わせで作ったわけではないクオリティである。当たり前かもしれないが最初は言葉がと顔周りの動作があってないので違和感がある。しかしそれを超えると、フラットで感情を込めた台詞がしっかりこっちに伝わってくる。アニメを見慣れている自分には実はその方がいいのではないかと思ったぐらいだ。(ハリウッド版ゴーストインザシェルの時もそうだった)また、私の小さい頃はテレビの土曜洋画劇場や金曜ロードショーで観る洋画は吹き替えが当たり前だったのである。

 

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また、もう一点は人体の局部にぼかしが入っている点である。基本的にロボットなんだからいいじゃないかと思うが、それはあくまで設定で基本的にロボット役の俳優さん達は、メンテナンスを受ける時や、倉庫にしまわれている時はスッポンポンである。男性の場合は否応無しに局部が写ってしまうわけだが、女性でもぼかしが入っている。という事は・・・まあそれは確認したい人は輸入版を観るしかない。何れにしてもヘアまでは写っている。
こちらに関しても、私としては見慣れているボカシがかかっている方が、ドラマに集中できてよいと思った。

◯セリフ
良いドラマ、好きなドラマを見た後は、劇中の人物の真似をしたくならないだろうか?中学時代にガンダムをみて、シャアのセリフ「認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを」を言ってみたりするチャンスは、そのほとんどが若さゆえの過ちではなかったが、無数にあった。その度に脳裏をよぎるぐらいだから、どれだけ深く自分に刻み込まれているのだろうと思う。
このドラマを見終わって、しばらく経ってからバーナードの真似がしたくてたまらなくなった。これも吹替版のおかげだろう。英語のセリフを真似るのは難しい。

◯実際にパークを作ったら
もし本当にウエストワールドやるなら、実在のタレントの顔をスキャンして作ればもっと受ける。何と言ってもそんな相手を好き放題できるのだから。その辺の事を製作陣も考えなかったわけじゃないと思うが、むしろパークのホスト役の俳優は、皆かなり個性的な顔の人を選んでいる様に感じた。そう言う発想とは逆にホストとしての独自性(個性)を持たせる事で、自我を持つ存在、ユニークな存在と思ってもらう様にキャステングされていた気がする。

 

〇人がロボットを演じること

ターミネーターシュワルツェネッガーが殺人ロボットを演じているが、見ている方はもちろん人間がロボットを演じている事をいわば「お約束」として脳内で変換して観ている。その事が一種の脳内ごっこになっており、それをすることが面白のではないかというのが私の、シュワちゃんの出ていないターミネーターが全く楽しめない理由なのではないかと思っていたのだが、今回のドラマでももちろん人間がロボットを演じている。音声コマンドで「機能を停止」と言われると、その場で静止するように出来ているが、そこは最新のデジタル技術で、静止画と動画を合成しているため、本当にピタッと止まる。しかしそれ以外で「感情を抑制」とか「解析モードに入れ」みたいな音声コマンドにも対応するが、それらは全て役者の演技である。そこにこのドラマの一番の楽しみがある気がする。恐らく演じる役者もそこは機械になりきらないと出来ない演技だし、普段使わない演技力を試されるためにかなりやりがいを感じてやった部分なのではないかと思うのだ。

 

 ↓面白くないやつ

↓ 面白いやつ

 

 

◯シーズン2
シーズン1のラストにも出てきていたSHOGUNWORLDは日本の侍が戦をしていた時代をモデルにしているようだ。これがシーズン2では目玉になってくるようである。日本人としては、おそらくアメリカ人が好むサムライの話になっているんじゃないかと心配だが、このシーズン1のテーマの方をさらに掘り下げるのは難しいだろう。その部分をどの様に深めていってくれるのかが楽しみだ。